2014/06/25

災害時の迅速なエリア復旧に向けて 巡視船『さつま』船上の2GHz帯携帯電話基地局の実証実験に成功

海上保安庁の巡視船「さつま」

2014年5月、KDDIと海上保安庁は共同で、携帯電話基地局の船上開設に向け、第十管区海上保安本部所属の巡視船「さつま」船上に設置した2GHz帯の携帯電話基地局(実験試験局)を設置し、電波を発射する実証試験を行った。実証実験の前日に行われた設置訓練から翌日の施設公開までの密着レポートをお届けする。

東日本大震災では、多くの携帯電話基地局がダウンして携帯電話が使用できなくなった。この教訓を生かして、携帯電話各社は移動電源車や車載型基地局、可搬型基地局など、緊急時にエリアを復旧させる装備を大幅に増強しているが、東日本大震災では、道路が寸断されてしまって陸路から復旧目的地に近づくのが困難な場所もあった。"船上基地局"は、このようなケースの解決策として、海上からエリア復旧を試みるものだ。

2012年11月には、広島県呉市で、第六管区海上保安本部所属の巡視船「くろせ」に800MHz帯の携帯電話基地局(実験試験局)を設置し、指向性アンテナを用いて沿岸部のサービスエリア復旧を行う実地試験を行い、良好な結果を得ている。第2回の実験となる今回は、第1回で課題となった「異なる周波数帯・アンテナ指向性での効果比較」に加え、「波の荒い外洋での安定稼働」「高台での避難場所に対する実用性」を確認するものとなる。

5月21日:船上への基地局設置訓練(鹿児島市・谷山港)

巡視船「さつま」のブリッジの上に設置された携帯電話基地局。auのロゴが描かれた白いドーム状の設備は衛星回線用アンテナ

ブリッジ上に設置された携帯電話基地局。今回設置されたものは、2.1GHz帯の設備である

ブリッジ脇に設置された2.1GHz帯携帯電話用無指向性オムニアンテナ

実証実験の前日、「さつま」への基地局設備の設置訓練が鹿児島市の谷山港で行われた。災害時には基地局の迅速な展開が求められる。前回の呉市での実証実験時にも「運搬・設置にかかる時間の短縮」が課題とされており、それへの対応となる。

今回の基地局の設置場所はアッパーブリッジ(操舵室などの屋上部分)となる。設置するのは、携帯電話エリアを復旧する基地局装置(無線機および電源)とアンテナに加えて、基地局とau携帯電話網をつなぐ衛星通信装置および衛星アンテナ一式となる。作業の手順は、トラックで岸壁まで運び込んだ基地局、衛星アンテナ、携帯電話アンテナなどの重い機材をクレーンによりアッパーブリッジに搬入し、その後、配線作業となる。

アッパーブリッジの広さは目測でおよそ20畳程度だ。最初にクレーンで搬入されたのは、厚手のゴムマット。この上に基地局と電源ユニットを設置する。船を傷つけず、また摩擦により機材の滑りを防ぐのが目的だ。次いで基地局装置を取り付けたフレーム、電源ユニットが搬入され、設置されていく。これらの作業が手際よく進められていく。

取り付けられた直径120cmの衛星アンテナは、海水や強風の影響を避けるため「レドーム」と呼ばれるドーム型のカバーに覆われている。利用するのは静止衛星なのだが、地上と異なり、船舶上では、船の航行や揺れによってアンテナから見た衛星の向きが変わってしまう。そのため、衛星アンテナには専用のGPSやジャイロセンサーが取り付けられており、船の位置の変化や揺れに合わせてアンテナの向きを細かく調整して衛星を追尾する。アンテナを制御するコントローラーと衛星モデムは船内に設置された。

基地局アンテナ(無指向性オムニアンテナ)は、アッパーブリッジの柵に支柱を固定して設置した。携帯電話からの電波をオムニアンテナで受け、基地局から衛星モデムの間はIP化されてLANケーブルで伝送。衛星モデムで変調した信号は静止衛星(Eutelsat 172A衛星)を経由してKDDI山口衛星地球局に送られ、そこからKDDIの携帯電話網に接続される。基地局の電源は船内発電機から供給する。「さつま」には係留中でも利用できる発電機があり、トラブル時には別系統に切り替えることでダウンを防ぐのだそうだ。

基地局の設置作業に要した時間は約1時間強となった。2012年の実証実験における「くろせ」での基地局設置にはおよそ半日を要したのに比べると大幅に短縮された。

最後に、電源を投入して、動作確認と衛星捕捉試験を実施した。既存地上局のエリアに干渉する恐れがあるため、この日は基地局の電波の発射は行わなかった。

5月22日:船上基地局の実証実験(南大隅町)

船舶型携帯基地局の仕組み(イメージ)

実証実験計測の様子

5月22日の実証実験は大隅半島南端で行なわれた。「さつま」が東岸側の海域を航行し、南大隅町の高台にある空き地に設置した測定地点との間で携帯電話の通話を試みる。NHK鹿児島放送局など地元テレビ局も複数取材におとずれ、地元の関心の高さをうかがわせた。

今回の実証実験は、津波被災時に高台に設営される避難所のエリア化を想定しており、測定地点は海面から約150mの高さにある。平常時は800MHz帯のみのエリアとなっており、実証実験に使用する2GHz帯はエリア外となっている。ここで、2GHz帯でのみ通話ができる試験用端末を持ち込み、通話ができれば「船舶上の基地局経由での通話」と確認できるというわけだ。なお、実験ではcdma2000 1xによる通話試験のみを行っており、データ通信については行っていない。東日本大震災では、地震発生直後には通話のニーズが高く、徐々にデータ通信へと被災地での利用形態が移行していっている。

測定には試験用端末の他、電波の受信強度をチェックするスペクトラムアナライザー、音声品質指標(PESQ値)をチェックするための専用測定器を使用した。スペクトラムアナライザーは船舶上の基地局のオムニアンテナから発信される電波の受信強度を確認する。音声品質は、船舶上の基地局に接続している試験用端末Aから、近辺にある800MHz帯陸上基地局に接続した試験用端末Bに電話をかけてチェックする。端末Aから評価用音声を送話し続けて、端末Bで受話した音声波形をもともとの音声と比較することで評価する。通信状態が良好なら音声波形が崩れずクリアな音声が聞こえるが、途中でパケットロスや遅延が発生すると、波形が乱れ、音がこもったり、雑音や音切れが発生することになる。

測定は「さつま」が測定地点の沖合3kmほどをほぼ海岸に並行する形で速度16ノット(約29㎞/h)で航行するパターンと、測定地付近をゆっくりと旋回するパターンで行った。基地局のオペレーションについてはKDDI担当者が携帯電話で、船の移動については海上保安庁の係官が無線で「さつま」と連絡をとりながら進めていく。船からの通信衛星捕捉の報告後、最初の「電波発射」の号令から2分程度で、地上側でもスペクトラムアナライザーの表示変化と、端末のアンテナピクトが圏外から3本に変化したことで、電波が来ていることを確認した。

「さつま」が南西方向に向けて移動を開始してからも通話は途切れることはなかった。音声品質も良好なまま、測定地から直線距離で10kmの地点を通過。当初は通話可能距離を2~3km程度までと予想していた技術陣からは驚きの声が上がる。360°全方向に電波を送受信でき、船の航行方向に関係なく陸地側にエリアを作れる無指向性のオムニアンテナの利点が生きた結果となった。結局、通話が途切れたのは、「さつま」が進行方向を折り返す直前、測定地からは約15kmの地点。音声品質はわずかに低下しつつも、通話を続けることができた。

スペクトラムアナライザーの表示は、測定地点直近よりも数km離れた地点の方が受信強度が強い場合があった。これは、空間を伝って直接届く電波と、海面により反射された電波が合成されて強めあうことによるものだそうだ。

また、もう一つの検証項目が、外洋での船舶の揺れがどの程度通信品質に影響するかを調べることだったが、音声品質も良く通信も途切れることがなく、また、衛星アンテナの衛星追尾性能も、船の揺れについて十分対応できることを確認した。実験中、KDDIのエンジニアからイヤホンを借りて船上の基地局を経由した通話音声を聞かせてもらったが、音声がきわめてクリアなことを確認できた。なお、衛星との通信については、「さつま」が旋回中に何度か通信が途切れることがあったが、これは船の向きによって、衛星アンテナと静止衛星との間に、レーダーや照明を設置したマストなどの構造物が入り込むことによるもの。衛星アンテナの設置場所を工夫することで回避できることが分かっている。

実証実験の結果は詳細なデータの解析後、別途まとめられる予定だ。

5月23日:展示訓練(志布志市・志布志港)

海上保安庁鹿児島海上保安部巡視船「さつま」の佐藤至船長が今回の実証試験の意義について説明

KDDI運用品質管理部長の高井久徳から、KDDIの災害対策に対する取り組みや実証実験の背景を説明

実験の翌日、鹿児島県志布志市で開催された鹿児島県総合防災訓練に合わせて、今回の実証実験についての説明会が「さつま」船上で開催され、今回の実験の結果と合わせて、海上保安庁とKDDIの災害復旧に対する取り組みが紹介された。また、基地局の設備が報道関係者に公開された。

説明会の冒頭、「さつま」の佐藤至船長が、災害時における海外保安庁の役割と、海上保安庁にとっての今回の実証実験の位置づけを説明した。

海上保安庁は災害時には海上漂流者および陸上の孤立者の救助、行方不明者捜索、緊急輸送路確保などさまざまな震災対応業務を行っており、東日本大震災時では発災から10日間で360名を救助している。「さつま」も、東日本大震災時には4回にわたり現場に派遣され、潜水士による行方不明者捜索などの支援活動を行った。

海上保安庁としても、被災者の手元にある携帯電話から118番(海上保安庁の緊急通報番号)などの緊急通報が行え、被災者や要救助者とコンタクトが取れるようになれば迅速な救助が可能になる。「本船が近づくことでアンテナが立ち、電話がつながらない状態が少しでも解消するのであれば有意義だと思っている。実用化されれば海保、警察、消防などにとって有意義だろう」と佐藤船長は感想を語った。

続いてKDDI 運用品質管理部長の高井久徳が、KDDIの災害対策の概要を紹介した。KDDIは、東日本震災時の被害状況から、災害時の通信インフラへの影響を「局舎・通信設備の損壊」「管路破壊・ケーブル切断」「電源供給の停止」「通信の輻輳」の4種類に区分し、南海トラフ巨大地震等の想定被災に備えてサービスエリア早期復旧のためのさまざまな対策や訓練を行ってきており、「携帯電話基地局の船上開設に向けた取り組み」はその一環となる。

最後に、今回の実験の概要と結果について、KDDI 特別通信対策室長の木佐貫啓が報告した。船舶上に設置された、オムニアンテナを使用した2GHz帯基地局の運用は成功し、移動中の船舶からも10kmを超える距離まで通話可能なエリアを形成することができた。今後の課題としては、使用機材の小型化への取り組みが挙げられた。小型化を図ることで、搬入・設置に大型クレーン車などが不要になり、機動性の向上が見込まれる。「さつま」の停泊する岸壁には、動作検証中の小型(直径60cm)衛星アンテナや、可搬型LTE基地局も展示された。

今回の実証実験で、船舶上に設置した基地局によるエリア形成は有効であることがわかったが、現在の法制度では、携帯電話基地局は「移動しないこと」が設置の条件となっているため、災害時であっても船舶上に携帯電話の基地局を設置し運用することはできない。KDDIは引き続き技術開発を進めるとともに、総務省などの関係省庁等に対して実証実験の結果を踏まえ、船舶上からの携帯電話サービス実現に向けた制度上の課題解決に向けて検討を働きかけ、大規模災害に向けた備えを進めていく。


文:板垣朝子

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