2012/12/05

災害時に早期復旧に役立てられる“船上基地局”とは? 広島・呉市での実証実験に密着

災害時の早期復旧に役立てられる“船上基地局”とは? 広島・呉市での実証実験に密着!

KDDIは、11月26日から29日までの4日間、広島県呉市の倉橋島・大迫港において、携帯電話基地局の船上開設に向けた実地試験を行った。第六管区海上保安本部所有の「巡視船くろせ」にauの携帯電話基地局を開設し、電界強度測定や通信品質の試験を実施した。

この実験は、災害時に携帯電話基地局が被災し、復旧のために陸上から被災地に向かうのが困難な場合に、船上に設置された基地局設備から陸上に向かって電波を発射して携帯電話エリアを構築するための実証実験である。

実地試験に先立って、くろせに設置された基地局設備が報道関係者に公開された。また、総務省、海上保安庁、KDDI合同の説明会が開催され、船上基地局の開設が検討されるようになった経緯や実地試験の概要が説明された。

巡視船くろせに衛星アンテナと携帯電話基地局を設置

今回の実証実験では、第六管区海上保安本部が所有する巡視船くろせに、衛星通信用のパラボラアンテナと衛星ルータ、携帯電話基地局という、車載型移動基地局と同様の設備が設けられた。携帯電話からの通話や通信は、通信衛星を経由してKDDIのネットワークに接続される仕組みだ。

衛星アンテナは雨や風、海水を防ぐカバーをかけて、くろせの船首部分に設置。船の揺れでアンテナの方向が影響を受けないように、揺れに対応して動く台座の上に設置され、衛星を±0.2度以内で正確に自動追尾するという。実験では、IPSTARとGE23という2つのシステムを切り替えて試験が行われる。

船尾に近い場所には、「可搬型基地局」と呼ばれる、持ち運び可能な基地局設備がクレーンで積み込まれ、設置された。これは東日本大震災の経験から、必要な機器をコンパクトにまとめ、すぐに運べるように開発されたもの。音声通信はcdma2000 1x、データ通信はEV-DO Rev.Aで、周波数は800MHz帯を使用。音声通話は30ユーザー、データ通信はスループットを無視すると114ユーザーが同時に使える能力がある。約15mの送受信アンテナやGPSアンテナも設置された。なお、この基地局は実験局なので、今回の実験のために用意された4台の携帯電話以外の端末は利用できない。

海上保安庁が今回の実験のために提供した巡視船くろせ。船首部分にカバーに覆われた衛星アンテナが設置されている


船首に設置された衛星アンテナ。雨や風を防ぐためカバーで隠れているが、本体の直径は1.2m。高さ161×奥行き157cmで、重量は142kg。台座を含めると約200kgになる。衛星から受信した電波は有線ケーブルを通って制御装置へと伝わり、そこでIP信号に変換されて基地局へ伝わる

携帯電話からの電波を受信して処理する送信受信設備(無線機)。データはここから船首にある衛星アンテナで衛星に運ばれてKDDI 山口衛星通信センターに降り、KDDIのネットワークを介して全国に広がっていく。設備は車載型基地局のものよりも小型化され、周囲の枠ごとすぐに運べる。大きさは幅110×奥行き60×高さ89cmで、重量は約120kg。奥には電圧などを調整する電源設備がある。なお、電源は船から取る

15mの高さに携帯電話用送受信アンテナが設置された







船上基地局は海上保安庁からの提案

総務省中国総合通信局 中村治幸氏

合同説明会では、まず、総務省中国総合通信局の中村治幸氏が、船上基地局開設へ向けた実証実験が行われるようになった経緯を紹介した。中村氏によると、船上基地局のアイデアは海上保安庁からの提案だったという。その提案を受け、9月頃に海上保安庁と総務省中国通信局、通信事業者5社による検討会が開始。実証実験は今回のKDDIのほか、10月下旬にNTTドコモも行なっているが、効果が認められれば、制度を改正して実用化に向けて進めたいと中村氏は述べた。

第六管区海上保安本部 総務部 情報管理官 梅田尚人氏

第六管区海上保安本部総務部 情報管理官の梅田尚人氏は、船上基地局の提案に至った背景について説明した。東日本大震災では、携帯電話基地局が被災して携帯電話が不通となったことで、被災地での救出活動にも支障があったとされる。「このような災害発生時に、比較的影響の少ない船舶に基地局を設置してはどうか、と本部の次長が発案した」と梅田氏は当時の経緯を紹介。道路事情の影響で車では被災地に向かえない場合でも、船舶なら海上から早期に近海に到着でき、船舶の電源を利用して基地局設備に電力を安定的に供給できるなど、船上基地局には大きなメリットがあるとした。

KDDI運用本部 副本部長 難波一孝氏

KDDI 運用本部 副本部長の難波一孝氏は、東日本大震災による被害の復旧・復興への対応と、その後の対策について説明した。震災では、2000局の基地局や中継ラインが被災し、全面復旧に6月までかかったこと、被災現場に無線設備を設置するために、自衛隊にがれきを除去してもらう必要があったこと、自家発電用の燃料を確保するための苦労などを、自らの体験とともに振り返った。震災後は新しい基幹ルートを開発し、電源設備などを強化。また、移動基地局については、車載型20台、可搬型27台の合計で47台が全国に配備済みであることを紹介した。それでもなお難波氏は「地上側からの活動には限界がある」といい、今回の実証実験での結果を基に、基準作りや制度などさまざまな面で協力し、2013年度中の実用化を目指していきたいと期待を述べた。

受信レベルや潮位の影響を確認

実験の方法についてはKDDI 運用本部 広島テクニカルセンター長の鵜川美彦氏が説明した。今回の実証実験は、11月26日から29日までの4日間のスケジュールで行われたが、初日は機器の搬入や据付、動作確認などに費やされ、測定は27日から行われた。試験場所は呉港から車で1時間ほど南下した倉橋島の大迫港。この場所は普段、auの800MHz帯の電波が届きにくく、基地局設置の効果が分かりやすいことから選ばれたという。

1kmと3km沖合の2ポイントから電波を照射して、その受信レベルを陸上の3つのポイントで測定する(クリックで拡大)

基地局設備を載せたくろせは沖合1kmと3kmの2つの測定ポイントに停泊し、陸地に向かって電波を発射する。通常の送信出力と最小限の出力で、どのくらいの受信レベルかを測定するほか、フレーム(パケット)誤り率なども測定。陸上は3か所で測定を行うほか、実験用に用意された携帯電話で体感も確認する。

今回の実験で一番注目されているのが、波や潮位の影響だ。船から電波を発射する場合、直接届く電波と波に反射して伝わる電波の2種類の電波が陸上の端末に伝わってくる。潮位が変動することにより、直接波と反射波の強さが変化し、通信品質に影響する恐れがあるという。満潮から干潮まで半日間のデータを連続して取り、その影響を検証する。

潮位の変化による通信品質への影響も確認する。(クリックで拡大)

通話品質は、送信側と受信側の音声波形を比較。波形が同じならエラーがなく良好な音声通話ができていると考えられ、波形の乱れは雑音や音切れにつながる。また、無線用測定器でも、音声品質指標(PESQ値)を測定する。

データ通信品質については速度を測れば通信状態が良好かどうかが確認できる。他に、Eメールの送信やauトップページを開くことで、体感スピードもチェックする。

実地試験会場で電波波形や通話品質を確認

説明会の後は倉橋島の大迫港に移動し、実地試験の模様が紹介された。1km沖に停泊した船上の基地局から発射された電波を測定器で確認し、実験用に用意された携帯電話で通話品質を確認することができた。電波は衛星アンテナから通信衛星を経由して届くため、通常の通話より遅延があり、0.5秒ほど遅れる印象だ。しかし、音声自体はクリアで快適に通話できた。

電波を発射していない状態(左)から、データ通信に使われる電波が発射されると縦方向(電界強度)にレベルが高くなっていく(中)。音声通話の電波が発射され、データ通信のの左側が高くなった(右)。この日の電波は良好だった

今回の実験用に4台の携帯電話が用意された。船上の基地局からの電波は、この携帯電話でしか利用できない。実際に電話をかけて通話品質を確認。0.5秒程度の遅れを感じたが、音声自体はクリアで聞きやすかった

今回の実地試験の結果や船舶基地局を実現するための具体的な方法は、総務省中国総合通信局の検討会で今年度中にとりまとめられる予定だ。KDDIは、今回の実地試験をはじめ、今後も携帯電話基地局の船上開設の実用化を推進していきたいとしている。

取材・文:房野麻子

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