2017/10/13

聴診器が200年ぶりに進化! 『超聴診器』を開発した医師に聞いた

医療の世界は日進月歩。特に、医療機器の進化は目を見張るものがある。たとえば、胃カメラは長いコード状の内視鏡を想像するかもしれないが、最近は飲み込むタイプのカプセル型内視鏡も存在している。しかし、200年にもわたり基本構造が変化していない医療器具があるのをご存じだろうか。

それは「聴診器」。

呼吸音や心音を聴く、基本中の基本といっていい医療器具だ。聴診器は1816年に誕生し、1850年代には両耳を使って音を聞く聴診が登場したのだという。皮膚に集音盤を当てて、チューブを通して呼吸音や心音を耳で聴くという仕組み自体は、その後大きく変化していない。

そんな聴診器がデジタルの力で大きく変わろうとしている。「超聴診器」である。この超聴診器は、スタートアップ支援プログラム「KDDI ∞ Labo」の第11期で、最優秀賞を受賞したプロダクトだ。開発したのは、AMI株式会社。現役の循環器内科医師、小川晋平氏が代表を務める。

小川晋平氏。社長となった今でも現役の医師として現場で診察を続けている

心電と心音を録音してデータ化する

超聴診器は、心音測定に特化した医療機器で、心音と心電をデータ化することで、診断をアシストするというもの。3つの電極で測定した心電図と、集音器で録音した心音を組み合わせることで、診断の精度は高くなる。また、心音の雑音などを排除し、個人差がある拍動も聞き取りやすくなる

こちらが超聴診器。裏側には電極とつながったシールが3つ、音を聴き取るパーツがひとつある。※開発中のため仕様は変更する場合があります

小型の超聴診器は持ち運びもしやすく、使い方も簡単だ。スイッチを入れて胸の真ん中に約10秒当てるだけで測定できる

超聴診器はこのように胸に当てて使用する

「これまでの聴診器は医療従事者の耳に頼りがちでした。それでは経験年数の差など個人差もありますし、夜勤明けや忙しい診療の合間などでは同じ医療従事者でも十分な診療能力が発揮できない可能性もあります。たとえば、機械式の血圧計のように、いつでも平均的な診療ができるようにアシストする機器が必要だと考えました」と、小川氏。

こちらが超聴診器によるデータ。青は心音を10拍分切り取った図、赤は心音図、黄色は心電図

心音と心電のデジタルデータを組み合わせる超聴診器なら、心臓の専門医でなくても身体の小さな異変に気付くかもしれないのだ

開発のきっかけは、ある患者との出会いと熊本地震

超聴診器を開発しようと思ったきっかけはいくつかある。そのひとつが、ある患者との出会いだ。

「その患者さんは、80代の女性で、失神を繰り返す症状がありました。脳などを調べたのですが、なかなか原因がわからない。しかし、実はその方は大動脈弁狭窄症(だいどうみゃくべんきょうさくしょう)だったのです。大動脈弁狭窄症は突然死や心不全の原因になる病気で、推定患者数は国内に100万人とも言われています。自覚症状が出たときには重症化が進んでいるので、早期発見が重要です」

循環器内科の医師であれば、聴診器で心音を聴けばすぐにわかる病気。しかし、そもそも大動脈弁狭窄症を疑わずに、然るべき場所に聴診器が当てられないケースもあるという。

「大動脈弁狭窄症は2013年からカテーテル治療が可能になりました。開胸しなくていいので、より早期発見の重要性が増してくる。そこでどんな医療従事者でも早期発見できる方法はないかと考えて、超聴診器を思いついたのです」

もうひとつのきっかけが、2016年の熊本地震だ。当時、京都大学に籍を置いていた小川氏は、故郷である熊本での災害に、医療ボランティアとして救援にかけつけた。しかし、被災地での診察は過酷だった。

「診断をしたくても、レントゲンやCT、MRIといった高度な医療機器は当然ありません。唯一頼れたのが聴診器でした。聴診器のように手軽に持ち運べて、簡単に不整脈や呼吸器疾患を診断できる高度な医療機器があれば……。そういった思いも、開発のきっかけになりました」

熊本地震の際に、聴診器を頼りに診断を行った小川氏

通信のチカラを活用して遠隔医療に役立てたい

超聴診器のプロトタイプは、100円ショップで材料を買ってきて、自ら工作した。しかし、モノ作りに関しては素人。なかなか思い通りには進まなかった。

「そんなときに医用工学の研究者である熊本大学工学部の山川俊貴先生と出会い、共同開発することでプロダクトとして形になってきました。また、さまざまな企業が参加しているKDDI ∞ Laboの力を借りられたことも大きかったです。製品化に向けて視野が広がりました。たとえば、『壊れたときの保険や保証はどうするのか?』といった指摘は、医師としての私には想像がつかないものでした」

小川氏は、早い段階から通信とIoTの活用も視野に入れていた。

「実はKDDI ∞ Laboに参加したきっかけは、KDDIさんがスマホ通信を活用した『スマホdeドック』(血液検査セットを使ったセルフ健康チェックサービス)を行っていたからなんです。超聴診器もいつかは健康診断の項目のひとつに入れて、心疾患の早期発見に役立てたい。そして、将来的には遠隔医療に活用していきたいと思っているんです。その意味で、通じるところを感じました」

そして、遠隔医療を実現したいという想いが、超聴診器をさらに進化させる。

「たとえば、離島や医療過疎地域でも超聴診器のデータを通信で送れば、リアルタイムで専門医が診断することができます。そのために、血圧計のように誰にでも簡単に扱えるようにするのが目下の目標です。現在は服の上からでも電極を装着できるような工夫をしています。将来的にはもっともっと小型化できれば、超聴診器を含めた診療キットの配送スキームを構築して、通信を活用したクラウド健進を進めたいと思っています」

小川氏が小型化を検討して開発中の、各種バイタルサイン測定機能付聴診器のイメージがこちら

基本構造が200年間変わることがなかった聴診器。超聴診器が実用化されれば、多くの命を救う一助になることだろう。「突然死をなくしたい」と考える医師の強い想いとIoTの力によって、大きく進化しようとしている。

文:コージー林田
撮影:稲田 平

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