2017/08/15

2人に1人が高齢者 南相馬市で始まった『オンライン診療』の現場とは?

玄関前の七夕飾り。駅に向かって歩く中学生。道路にはためく、伝統行事「相馬野馬追(そうまのまおい)」の旗。2017年7月、福島県南相馬市の小高駅前には、随所に人々の生活の匂いが漂い、復興への歩みを感じさせる。

2016年7月、約5年ぶりに営業を再開した小高駅

南相馬市が東京電力福島第一原発の事故に伴う避難指示から解除されてほぼ1年。約2割の住民が帰還したが、現状ではその5割超が65歳以上の高齢者だ。

なかには、健康に不安があっても身体や交通などの事情から通院が難しいという人も多い。こうした事情を踏まえて、南相馬市立小高病院ではタブレット端末を利用した「オンライン診療」を、5月よりスタートさせた。システムはメドレー社のオンライン診療アプリ「CLINICS(クリニクス)」を活用し、タブレット端末と通信環境はKDDIが提供している。

「CLINICS」とは、インターネットを介して、診療の予約や問診、ビデオチャットによる診察、診察料の決済から薬・処方せんの配送までをワンストップで提供するオンライン診療アプリ。自宅や会社などにいながら診察を受けることができるため、多忙な人や、交通不便などのさまざまな都合で通院が困難な人でも治療が続けられるというシステムだ。2017年7月現在、内科や皮膚科、小児科といった500超の全国の医療機関に導入されており、医療機関のスムーズなオンライン診療をサポートしている。

現場の医師に聞く、オンライン診療のメリットとは?

現在の小高病院は、常勤医師1名と非常勤医師3名、週5日体制で、内科を中心とした初期診療を行っている。

小高病院のなかでも、比較的、被害が少なかった旧リハビリテーション棟を改築し、診療を再開

常勤医である藤井宏二先生は、週4日の外来と週2日の往診を担当。外来の1日あたりの平均患者数は11人と、震災前の10分の1程度になったそうだが、人手はまったく足りていない。そんな状況なら、オンライン診療の導入に期待を寄せていたのではと思いきや、話を聞いた当時は「画面越しに患者さんを診てなにがわかるのか、と高をくくっていた」という。ところが実際に利用してみて「病院での問診と同じか、それ以上のメリットを感じた」と、考え方も変わった。

常勤医の藤井宏二先生。ノートPCを通じて、オンライン診療を行う

「まず、患者さんの生活環境がわかるのが大きい。端末画面の背景には、患者さんの家の中が映るでしょう? たとえば、病院ではきっちりした印象だったのに、自宅の室内が妙に乱雑だったり、掃除が行き届いてなかったりということが見えると、『なにか異変が起きているのかも』と気づきやすくなります。生活環境を見ることは、ときに問診よりも多くの情報を受け取れる場合がありますからね。そして、オンライン診療では、問診よりもじっくりと患者さんに向き合っていると感じます。病院ならPCでカルテを見たり、聴診器を当てたりといろいろとやることがあるけど、オンライン診療はFace to Faceで画面を見て話さないと間が持たないから(笑)。『昨日、なに食べたの?』なんて、のどかな話もしてますよ」

画面に映った患者さんが、先生とつながった瞬間に笑顔になることも多いのだそう。

「本当にパッと表情が変わるの。病院で会ってもそんなことないんだけどね(笑)。自宅にいてリラックスしているから、精神的バリアが低いのかもしれません。その笑顔を見ているうちに、これでいいんだと思えるようになりました。慢性期の患者など疾患は限定されますが、オンラインでも十分な診療ができるという手応えを感じています。もちろん、往診の移動時間や移動コストが削減できるので、貴重な労働時間をより効率的に使えるようにもなりましたし、患者さんも通院する負担が大幅に減らせますほぼ全員が老老介護なので、介護する側にもメリットが大きい。みんなが喜ぶ画期的なシステムだと思いますね」

現在、小高病院でオンライン診療を利用している患者は8人。取材当日、その日に初めてオンライン診療を体験する方がいるというので、患者さんの自宅を訪問し、診療の様子を見せていただくことになった。

自宅でなごみながらスムーズに問診

「CLINICS」アプリは、自身の端末で操作し、診療費をクレジットカードで決済するというシステム。小高病院の場合、利用対象者がタブレット操作やクレジットカード決済に慣れていない高齢者のため、看護師が病院のタブレットを持って患者宅を訪問し、操作をサポートする。

まずは、看護師が脈拍、血圧などバイタルをチェック。

血圧測定などをして、その日の体調をチェックし、すぐに病院とデータを共有する

その結果を病院のサーバーへ送ると同時に、タブレットでアプリを起動する。画面にはさっそく藤井先生が登場。患者宅から送られてきたバイタルのデータを見ながら、「気分はどうですか?」「調子は良さそうですね」などと画面越しに問診していく。

藤井先生も患者さんもすこぶる笑顔。病院の診療室ではなかなか見られない光景だ

患者さんも戸惑う様子はなく、「私の顔も画面に映って、まるで映画俳優になった気分ですよ(笑)」と冗談を交えるなど、終始なごやかムード。さらに服薬状況や今後の診療方針などを確認し、約15分の問診で診療は終了となった。

初めてのオンライン診療について、感想を聞いてみた。

「病院の問診と同じだと感じました。自宅にいるぶん、緊張せずに話せますし、通院や病院での待ち時間がないのがいいですね。ひとり暮らしなので不安になることもありますが、こういうものがあると、先生とつながっていると感じられて安心できます。いい時代に患者になれてよかったですよ(笑)」

医師と患者、お互いに、離れていても「つながる」と実感できるオンライン診療は、まさに通信がなせる次世代のサービスといえるだろう。それだけに、「体制がまだ追いついていない部分もある」と藤井先生。

「ひとつは薬の問題。オンライン診療でも処方せんは発行できるけど、薬事法上、直接薬剤師から対面による服薬指導を受けないと処方薬は受け取れない。でも、薬局はたいてい病院の近くにあるわけで、通院が難しい患者さんにとって、薬局に薬を取りに行くのは相当厳しいでしょう。さらに、診療報酬の問題もあります。現状では一部算定できない点数があり、病院経営上難しい面がある。オンライン診療の普及には報酬体制の整備が不可欠でしょうね」

それでも、「活用できる可能性のほうがずっと大きい」と、藤井先生は断言する。

「急速な高齢化や医療人材の不足は小高地区だけでなく、いずれ日本の地方都市も抱える問題です。その際、オンライン診療を利用すれば、医師と患者だけでなく、介護や看護ステーションなどのパラメディカル(医師以外の医療従事者)もつなぐことができます。全員で情報を共有すれば、包括的な医療ネットワークが低コストで簡単に構築できると思います。法的な整備は必要ですが、通信技術を駆使すれば可能なはず。画面を見てニコニコ笑う患者さんを目の当たりにして、つながることが人を元気にさせるんだと痛感しましたから、使わない手はないと思います」

「オンライン診療の可能性を、小高病院から発信していきたいですね」と藤井先生

通信のチカラを活用し、病院に行かなくても画面越しの対話で診療を可能にするオンライン診療。その可能性が、小高病院から全国へ広がることを期待したい。

文:知井恵理
写真:有坂政晴

※掲載されたKDDIの商品・サービスに関する情報は、掲載日現在のものです。商品・サービスの料金、サービスの内容・仕様などの情報は予告なしに変更されることがありますので、あらかじめご了承ください。