2015/05/20

【基地局探訪記 その2】南国・高知にそびえる、ロケットみたいな基地局

スマホやケータイは電波でネットワークとつながっている。その中継地点となっているのが「基地局」だ。全国にある基地局の多くは電柱のようなコンクリート柱や鉄塔にアンテナを付けたオーソドックスな形をしているが、なかには個性的な特徴をもったものもある。こちらの連載では、TIME & SPACE編集部が各地をめぐり、そういった「変わりダネ基地局」紹介していきます。

見た目も技術も、近未来を先取り

今回、編集部は南国・高知へ向かった。そこに、一見するとロケットのような近未来デザインの基地局があるという。なんでも、アモルファス太陽電池を丸い支柱に"巻きつけた"基地局なのだそうだ。

その基地局の写真がこちら。高知県南部、香南市夜須町の太平洋を望む高台の一画に、空に向かって今にも飛び出さんばかりにそびえ立っている。ワインレッドの部分が、アモルファス太陽電池が巻きつけられている部分だ。

南国の青空を背景にそびえる基地局の姿はまるでロケットのよう。柱の長さは36m。高台にある分、大きく見える(写真:KDDI資料)

巻き付け式のソーラーパネルは、当時も今も最先端の技術で、おそらく日本初の導入事例。そのあとも、曲面にソーラーパネルを巻きつけたケースは報告されていないようだ。見た目も近未来なら、技術も近未来を先取りしているというわけだ。

それにしても、こんな写真を事前に見せられたら、取材に行くのに気分が弾まないわけがない。さんさんと降り注ぐ太陽の光を浴び、せっせと電気をつくる基地局の姿をこの目で見られるものだと、取材班の誰もが信じて疑わなかったのだが......。

曇ときどき雨、ところにより霧。のち、肩透かし......

取材のはじめにまず向かったのは、香川県高松市にあるKDDI四国支社。夜須町のソーラー基地局の建設・品質管理を行うエンジニアの方に詳しい話を聞くためだ。

高松に着くと、待っていたのは灰色の曇り空。時折、雨もちらつき、うっすらと霧が立ち込めてさえいる。誰も口にはしないが、取材班を取り巻く雰囲気が一気に重くなる。
(いや、高知では晴れているかもしれないし......)
そんな一縷の望みを胸に、エンジニアの方との打ち合わせに臨む。

取材班に対応してもらったのは、山本圭作と尾方勇雄の二人。

話によると、夜須の基地局が建てられたのは、携帯電話が一般に普及し始めた1996年のことだという。その頃、「au」はまだ存在していない。当時は、KDDIの母体企業であるIDO(日本移動通信)とDDIセルラー電話グループが携帯電話サービスを提供しており、同グループの「四国セルラー電話」が夜須の基地局を建てた。

その後、2000年にDDIとKDD、IDOが合併してKDDIが発足し、携帯電話サービスの統一ブランドとして「au」が誕生する。夜須局にソーラーパネルが巻き付けられたのは、さらにそれから10年近く経ったあとのことだ。

ちなみに、夜須局の鉄塔の中は、人が入って上まで登っていけるようになっているのだとか。普通の基地局は、電柱のように柱に固定されたボルトを伝って登っていく単純な構造をしているが、夜須局の特殊な構造が、ソーラーパネルを巻きつけるのに十分な太さを提供することになったのだという。

エンジニアの山本圭作(左)と尾方勇雄(右)。山本はDDIグループの「関西セルラー電話」の出身、尾方は「四国セルラー電話」出身だ

打ち合わせの後は、せっかく香川に来たついでに、オススメのうどん店で一杯。さすが「うどん県」だけあって、店内は大勢の人で賑わっていた

ぜんぶ、雨のせいだ

打ち合わせを終え、うどんで腹ごしらえを済ませたあとは、バスで一路、四国を縦断して高知へ向かう。ひそかに抱いていた一縷の望みは、このバスの車中でどんどん小さくなる。バスを待っていたころから、ポツリポツリと雨粒が大きくなり始めていたが、南へ向かうほど、車窓を打つ雨は次第に強くなる......。

高知駅に着くと、雨はもうどしゃ降り。そこでバスから電車に乗り換えると、2両編成の車内は湿気がまとわりつくほどになっていた。

高知駅から、目的地の夜須駅へ向かう鉄道の旅は、「御免(ごめん)駅」でJR土讃線から土佐くろしお鉄道に乗り換える。土佐くろしお鉄道のプラットフォームでは、沿線出身の漫画家・やなせたかしさん作の「ごめんえきお君」がお出迎え。沈みきった取材班の心を和ませてくれた。土佐くろしお鉄道の各駅では、やなせたかしさん作のキャラクターが出迎えてくれるそうだ

結局、最寄りの夜須駅についても、雨のやむ気配なし。一縷の望みも、もはやこれまで。それでも心を奮い立たせ、タクシーで基地局のある場所まで向かう。

夜須駅では、「やすにんぎょちゃん」(やなせたかしさん作)が出迎えてくれた

夜須駅でタクシーに乗って15分ほど走ったあと、ついに目的の夜須局に着いた。どういうタイミングか、雨量はこの時ピーク。駅で傘を買うことを忘れたことに気付くも、時すでに遅し。一同ずぶ濡れになりながら撮影を行なうことに。

あいにくの雨だったが、直下から見上げた基地局はやはり大きく、迫力がある。ワインレッドのアモルファス太陽電池パネルもしっかり確認できた

山側から見る基地局。ソーラーパネルは南の海側に面して巻き付けられているため、山からは見えにくい。晴れていれば感動するような光景が見れたはず......。残念!

その上には、夜須局が四国セルラーによって建てられたことを示すパネルが

36mもの鉄塔を支える土台は、何本もの太いボルトでコンクリートの基礎に打ち付けられている

3つの電源で基地局を動かす

取材は残念な展開となったが、夜須局の巻きつけ式ソーラーパネルが、見た目も技術も近未来を先取りしていることに変わりはない。先にも触れたとおり、巻きつけ式のソーラーパネルは、敷設当時も今も最先端技術だ。

ここで、夜須局にこの技術が導入されたいきさつや発電の状況を紹介したい。取材の旅から戻り、東京・飯田橋のKDDI本社で、ソーラー基地局の事情に詳しい、技術統括本部の入内嶋 洋一(いりうちじま よういち)に話を聞いた。

「夜須局の巻きつけ式ソーラーパネルは、2009年から進めていた"トライブリッド"という実証実験の一環で敷設されました。"トライブリッド"の"トライ"は、"トライアングル(三角形)"のそれと同じで、数字の"3"を意味します。電力会社から供給される商用電源太陽電池(ソーラーパネル)、それに蓄電池(バッテリー)の3つの電源を組み合わせて基地局の電源をまかなうことから、この名をつけました。"試してみる"という意味の"トライ(try)"もかけています」

ところが、この説明はあくまで「表向き」なのだとも言う。
「私が寅年生まれだとか、私の上司が阪神タイガースファンだという"裏"の理由もあります(笑)」
ん? 要するに、ダジャレってこと!?

トライブリッド実証実験のKDDIオフィシャル解説動画。商用電源と太陽電池(ソーラーパネル)、蓄電池(バッテリー)の3つの電源を組み合わせ、適宜切り替えて基地局の電源をまかなう

「トライブリッド」の実証実験は、北は新潟から南は沖縄まで、全国11ヶ所の基地局で行われた。ソーラーパネルの設置コストを抑えつつ、発電量を高める方法を検証するため、パネルのタイプや設置の仕方は場所によって工夫された。

そのとき、アンテナを支える鉄塔や支柱そのものにソーラーパネルをつける案が浮上する。アンテナは多くの場合、高いところから電波を飛ばすため、背の高い鉄塔や支柱に取り付けられている。背の高い鉄塔や支柱は、日光を遮られず、日当り良好な環境にある。そこにソーラーパネルを設置すれば、効率よく電気をつくれるのではないかという発想だった。

「ただ、鉄塔や支柱に据え付け型のパネルを取り付けるのは、強度や安定性の面での懸念を払拭できませんでした。そこで、新しい技術として注目され始めていた、折り曲げられる柔らかいソーラーパネルを導入することにしました」(入内嶋)

その柔らかいパネルが、全国11ヶ所のうちで夜須局だけに導入されることに決まったのは、先にも見たように、中に人が入って登れる夜須局の支柱の特殊な構造が理由だった。パネルを巻きつけるだけの支柱の太さが必要だったのだ。

夜須局を海から見たところ。海とは反対側、高台の上に向かって電波を飛ばす必要があったため、支柱の長さは36mにもなった。その高さを支えるための太さが、おそらく史上初の巻きつけ式ソーラーパネルが夜須局に導入されるきっかけとなった(写真:KDDI資料)

基地局だって、電気が必要

トライブリッドな基地局が、どのように3つの電源を組み合わせているか、概要をざっと押さえておこう。

夜11時から朝7時まで、電気料金が割安な深夜の時間帯は、商用電源で基地局を動かすのとあわせ、蓄電池(バッテリー)に貯められるだけ電気を貯める。朝7時を過ぎると、メインで使用する電力を蓄電池と太陽電池(ソーラーパネル)に切り替え、不足分を商用電源で補う制御に変わる

日の光がそれほど強くない朝や夕方の時間帯は、3つの電源を組み合わせて基地局の使用電力をまかなう。太陽がもっとも高くなる正午前後は、場所にもよるが、天気さえよければ太陽電池だけでも基地局を十分に動かすことができるという。

これが、夜須局以外の据え置き型のソーラーパネルを設置した基地局の基本的な動きだ。
太陽電池というのは、パネルに対して直角に近い角度で日が当たるほど出力が大きくなる。据え置き型のパネルは、正午前後で出力が最大になるように、角度を調整して設置するのが普通だ。

鉄塔の奥に設置されているのは、無線機や電源装置。かつては、鉄塔右手の建屋に、非常時の無線設備や電源設備が入っていたとのこと

ところが、巻きつけ式の夜須局はそうはいかない。垂直に立つ支柱にパネルを巻きつけているから、上からの光をうまく利用できない。

「むしろ太陽が高く昇るにつれて、パネルに日の当たる角度は小さくなり、発電効率が落ちてしまいます。反対に、据え置き型だと発電効率の低い日の出直後や日の入り直前に発電効率は上がりますが、1日をトータルで見れば、据え置き型より発電効率ではやや劣り、6~7割ぐらいにとどまります。もちろん、発電効率の低下は事前に予想されていたことですが、どの程度低下するのかを、運用を通じて確認しているところです」(入内嶋)

トライブリッドは一定の成果が確認された。今では100ヶ所の基地局に蓄電池と太陽電池が導入され、発電機も併設されている。これらの基地局は、商用電源が断たれた非常時でも、24時間は動かし続けることができるという。

さらに、この電力制御技術は国外でも注目され始めている。国土が島からなるインドネシアでは、電力網の整備に莫大なコストがかかり、携帯電話事業者の電力使用コストも大きくかさむ。そのコストを下げる手段として、トライブリッドのコンセプトに基づいたシステムの導入が検討されている。

ケータイがケータイとして機能するのは、安定した電力が供給されているのが大前提だ。その電力供給の仕組みが、いまは変化のまっただなかにあるのだ。

インドネシアでのトライブリッド実証実験の様子。インフラが未整備なところでは、電力使用コストもバカにならない。基地局で発電ができるようになれば、コストを抑え、電力の安定性を高めることもできる(写真:KDDI資料)

文:萱原正嗣 撮影:有坂政晴(STUH)

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