2018/04/03

「夕方に事故が多い」定説を覆す ITの力でバス業界を変える小湊鐵道の安全対策に密着

「小湊バス」の前で微笑む小湊鉄道 バス事業部の小杉直次長とKDDI株式会社 ビジネスIoT推進本部の原田圭悟

近年、バスドライバーの疲労や健康上のトラブルに起因する事故が社会問題になっている。国土交通省は昨年末に、運転中の乗務員の表情変化やわき見運転など、いわゆる「ヒヤリ・ハット(突発的な事象やミスにヒヤリとしたり、ハッとしたりすること)」といった状況のデータ収集と、それを活用した安全教育の実施を目的とするためにドライブレコーダーの装着を義務付けるなど、国をあげた対策が進みつつある。

そんななか、里山トロッコ列車や沿線風景が文化遺産として指定され、全国のローカル路線ファンに知られる千葉県の小湊鐵道(こみなとてつどう)と、KDDIがタッグを組み、通信技術によって路線バスの危険運転を防止するための実証実験が行われた。

バス運行の安全はどのように変化しているのか? 小湊鐵道にバスの最新事情とあわせて今回の実証実験の中身について伺ってきた。

路線バスはハイテク化が現在進行中

小湊鉄道 バス事業部の小杉直次長 小湊鉄道 バス事業部の小杉直次長

訪れたのは小湊鐵道バス部。県民からは「小湊バス」の愛称で知られ、千葉駅周辺エリアを皮切りに、内房、外房にまたがる広いエリアで路線バス、房総から都心を結ぶ高速バスなど都市間交通としても活躍する県民の足となっている。

「全国的に知名度が高いのは鉄道事業の方ですが、バス事業も会社の大きなウエイトを占めているんです」

お話を伺ったのは、今回の実証実験を推進した小湊鉄道の責任者でもある小杉直さん。

少し赤みがかったクリームに、オレンジとグレーの3トーン。一見すると昭和レトロな風情を醸し出しているカラーリングの「小湊バス」だが、最先端の安全対策を施された車両ばかりなのである。

「昨年、当社ドライバーが業務中に体調を崩し、意識がもうろうとした事象が起きました。幸い、乗客にもドライバーにもケガはなかったのですが、改めて一から安全対策をハード面、ソフト面から徹底しているところです」

その一例を紹介すると……

デジタルタコグラフとドライブレコーダー デジタルタコグラフとドライブレコーダー

まずはバスの走行時間・走行速度を記録するデジタルタコグラフ、夜間撮影にも対応した高感度・高画質のドライブレコーダー。またこれら機材により取得された各車両からの画像や位置情報などのデータを、LTE回線を通じてリアルタイムで運行管理者に送信するシステムも一部導入を進めているという。

また、高速バスや観光バスには最新のレーダーを備えた衝突軽減ブレーキ付きの車両も導入されるなど、今やバスは巨大な通信モジュールとなりつつある。

欲しいデータは『ヒヤリ・ハット予備群』

運転中のバスのドライバー

「ただ、ドライブレコーダーも、デジタルタコグラフも、いわば事故が起こったあとで検証するためのデータの集積装置。病気でたとえれば、こうした装置は対症療法の領域なんですね。我々が欲しかったのは、そもそも事故を未然に防ぐための『ワクチン』の部分。これがなかなか見つけられなかった」

その「ワクチン」の開発こそ、今回のITを活用した「危険防止システム」の実証実験の目的だという。

「急ブレーキを踏む可能性がある状況の分析はすでにできていて、そもそもドライバーが急ブレーキを使うことはほとんどありません。でももしかすると急ブレーキを踏まなかっただけで、実はヒヤリとした場面、これを『ヒヤリハット予備群』と私たちは呼んでいるのですが、こうした状況の把握こそが、実は重要ではないか? そこに着目したのが今回、KDDIさんとのトライアルのスタートラインになったのです」

膨大なデータからITの力で振るいにかける

KDDI株式会社 ビジネスIoT推進本部 ビジネスIoT企画部長 原田圭悟 KDDI株式会社 ビジネスIoT推進本部 ビジネスIoT企画部長 原田圭悟

実証実験は、実際に乗客を乗せた路線バスを使って13日間行われた。システムの概要はこうだ。

「危険防止システム」の実証実験のシステムの仕組み

ドライバーを捉えたカメラが撮影した画像データと、デジタルタコグラフが取得した走行データを外部サーバに送信し、ドライバーの表情の変化や挙動を計測することで、どんな場所やタイミングでわき見や感情変化があったかを特定するというもの。

iPadに表示されたドライバーの表情

システムで分析された結果は、運行管理者のPCに「乗務員に感情の急激な変化がありました」といったアラートを表示できるという。

実験当初、システムが「ヒヤリハット」以外の事象を検知してしまうなど、ヒヤリハットの「定義づけ」にはひと苦労をしたという。こうしたなか、システムの分析結果を見ながら、KDDIと何度も打ち合わせを重ねた。

「ヒヤリハット時ってどんな表情になるのか? この定義づけが難しいんです。たとえば、顔全体の表情から検知する方法だと、乗務員が風邪をひいてマスクをしていると口元の変化がわからない。それなら目元を中心に表情の変化を分析していきましょう、と。

ほかにも、乗務員の気が緩んで姿勢が崩れる状況のパターンを割り出し、挙動を検知できるようにしました。こうしたデータの分類を重ねていくことで、納得のいくヒヤリハットの検知ができるようになりました」

そうした結果、今回の実験でいくつかの「ヒヤリハット事例」を抽出し、運転手への共有、注意喚起を通じて、安全運転の促進につなげたという。

「とても興味深い結果も得られました。我々の業界では『夕暮れ時の事故がいちばん多い』と言われているんですが、今回の実験結果を検証すると、夕刻に『ヒヤリハット』は検出されなかったんです。いちばん多かったのがお昼過ぎ。今回の実験で、これまでのバス業界の定説が覆ったんです

とはいえ、バス1台につき収集される約3週間分の画像データは膨大。小湊鐵道のバスの総数は300台だ。人がチェックして「ヒヤリハット」のパターンを抽出することは不可能に近かった。

「データは膨大に蓄積できるようになっていても、それを解析することが難しかった。つまり患者がいても診察ができない状態だったんです。今回、KDDIさんのご協力のもと、『ヒヤリハット予備群』をITによって検出する振るいができたことは大きな収穫でした。バス業界にとっても大きな一歩になると思います」

こうしてデータ蓄積された「危険運転防止システム」は今後、商用化も検討されるという。これまで顕在化されることのなかった、事故を引き起こす一歩手前の要因「ヒヤリハット」情報が、「通信」技術によってぜひ日本全国に広まっていくことを期待したい。

小湊鉄道 バス事業部の小杉直次長

 

文/TIME & SPACE編集部
撮影/富井昌弘

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