2017/12/25

『5G×鉄道』という世界初の実証実験 KDDIとJR東日本で実施

さてこの写真、JR東日本が誇る試験車両「MUE-Train(ミュートレイン)」である。

今年10月、「MUE-Train」を使って、次世代移動通信システム・5Gと鉄道との連携をテストする世界初の実証実験が行われた。

KDDIでは、これまで5Gの特徴である「高速・大容量」「低遅延」「多接続」が社会にどんなふうに生かせるのか、さまざまな実験で検証してきた。JR東日本も、5Gを活用することで列車内や駅構内をどれほど快適にすることができ、どんな新たなサービスを提供できるのかを考えていこうとしていた。そこで今回の、5G×鉄道という世界で初めての実験が実現することになったのである。

実験が終わった11月中旬、JR東日本IT・Suica事業本部、通信ソリューショングループリーダーの髙島昭治さんと、KDDIモバイル技術本部・黒澤葉子、大塚裕太に今回の実験に関して話を聞いた。

まずは今、鉄道で無線通信はどのように活用されているのかを、JR東日本の髙島さんに聞いてみた。

無線通信は鉄道とは切っても切れない関係

鉄道で使われている通信は大きく2つに分類できるという。「鉄道無線」と「商用無線」だ。

JR東日本・髙島昭治さん

「『鉄道無線』は大まかにいうと、地上と車両との間でなにかしら通信するものです。国から専用の周波数をもらって、使用しています。列車の制御や運転士との音声通話、わかりやすいものでは新幹線のドアの上に出る表示にも使っています。あとはメンテナンスのためのデータをサーバーに送ったりもしています。

一方『商用無線』は通信事業者が提供する無線のことで、車両以外の部分で駅構内のサイネージやコンビニの映像配信、自動販売機のデータ収集などに使われています。駅構内は入り組んだ構造になっているので、光ケーブルを這わせるのがすごく大変なんです。改装や新店舗の出店にも柔軟に対応できるので、駅では無線を使う傾向にあるんです」

実は今、鉄道はすごくIT化されていて、車両自体が“センサー”と化しているという。

「ドアの開閉やブレーキの使用頻度、エアコンの状態などを車両そのものが計測してサーバーに送り、今後はメンテナンスで活用していく予定なんです。線路についても走行しながら線路の劣化度合などの情報を営業車両で収集してメンテナンスで活用していく予定です」(JR東日本・髙島さん)

それらのシステムは現在、山手線の新型車両に搭載されているが、実用化以前に試験を行ったのが、前述の「MUE-Train」なのだ。

5G×鉄道という世界初の実証実験

では、そのように鉄道のIT化が進んでいるなか、今回の実証実験とは一体どんなものだったのか。

KDDIモバイル技術本部・黒澤葉子

今回の実験内容は大きく分けて2つあったと、KDDIモバイル技術本部の黒澤葉子。

①走行中における高速・大容量通信を目的とした実証実験。
②駅ホームにおける電波伝搬試験。

まずは①の実験の話を聞いた。

「『MUE-Train』の先頭車両に4Kカメラを設置し、高精細映像を端末に送信しました。一方で、事前に録画した8K映像を車外から送信し、車内でストリーミング受信。『ハンドオーバー』と『ビームトラッキング』の性能を検証しました」(KDDI・黒澤)

「MUE-Train」を走らせたのは10月中旬から5日間。

冒頭の「MUE-Train」の写真をもう一度凝視してみると、横に鉄塔がチラッと映っているのが……。ちょっと寄ってみます。

右写真に四角い薄い箱が。そう、これ5Gのアンテナなんです。実験ではほかにもう2本、線路沿いに合計3本のアンテナを設置しました。

走行中にうまく5Gで電波を受け渡せるか

「ハンドオーバー」とは、いわば「アンテナ間の電波の受け渡し」のこと。

受信側の移動に合わせて接続基地を変更する「ハンドオーバー」

今回の実験には、5Gの実用化において有力な周波数帯の候補となっている「28GHz」の電波が使われた。これが「とにかくまっすぐにしか進まない」という性質を持つ、少々厄介な電波なのだ。列車の動きに応じて適切にアンテナを切り替えなければ、電波が途切れてしまう。3本のアンテナを切り替えながら、「MUE-Train」から4K映像を、線路の沿道に停めたクルマに送るのである。

クルマには5G端末が設置され、成功すれば列車からのリアルタイム映像を受信することになる。果たして……。

黒澤「「5Gの基地局を設置した区間で、約1分間にわたって4K映像がまったく劣化することなく送れました!(上がそのときの映像) そのあいだに基地局の切り替えも行われているので、それを踏まえた環境下でも高精細の映像が伝送できるということが確認できたんです」(KDDI・黒澤)」

「MUE-Train」から発信された映像を受信する5Gのアンテナが順次切り替わっても、映像的には一切「切り替わった」ことはわからない。それくらいスムーズに「ハンドオーバー」が行われたのだ。

外からの電波を車内できちんと受信できるか

今度は逆にクルマから、走る「MUE-Train」の車内に高精細な映像を送る実験だ。こちらはなんと8Kである。検証したのは、「ビームトラッキング」という技術について。

KDDIモバイル技術本部・大塚裕太

「電波が届く距離を伸ばし、品質を上げるためにビームを細くするんです。ちょうど水道のホースの先をつまんだら水が勢いよく出るのと同じような原理ですね。この技術を『ビームフォーミング』と呼びます。

5Gのアンテナって、そのビームがいろいろな方向へ打ち出されるようになっているんですね。電波をやり取りする相手の位置によってこれを適切に切り替えて電波が途切れないように調整する。この仕組みを『ビームトラッキング』といいます」(KDDI・大塚)

ビームの幅を絞って電波の届く距離を伸ばし品質を上げる「ビームフォーミング」
受信側の移動に合わせてビームの向きを変える「ビームトラッキング」

5Gのアンテナを適切に切り替え、「MUE-Train」の車内に高精細な映像を送った。

「ユーザー目線で見て感動しました」とJR東日本の髙島さんはいう。

髙島さん「「今も列車内でYouTubeのHDレベルの映像が普通にスマホで楽しめますよね。それが今後、4Kや8Kの映像が自分のスマホで見られるなら、すごいことですよね」(JR東日本・髙島さん)」

駅のホームでいかに5G環境を実現するか

続いて、「②駅ホームにおける電波伝搬試験」について。列車の行き来が激しく、乗客がたくさん乗り降りする駅のホームのような環境で、どこにどう基地局を設置すれば5Gの電波がうまく届くのかを検証したのだ。

黒澤「「実際に営業中の駅をお借りしました。駅って複雑な構造をしていて、そこに28GHzの電波を行き渡らせるには、どこにどんなふうに基地局を設置すればいいか、検証したんです」(KDDI・黒澤)」

今回は実際に、ある駅の南西部と北東部にクレーンの基地局を仮設して、高さを変えながらホームで電波を測定した。

大塚「「駅構内では、くまなく移動しながら電波の強度を測定しました。5Gを受信する調査用の“端末”といっても、デスクトップPCぐらいの大きさがあるんです(笑)。それを台車に乗せて、安全第一で移動させました」(KDDI・大塚)」

移動用の台車にはさらにノートPCを乗せ、給電するためのバッテリーも必要。えっちらおっちら押しながら駅のなかを隅々まで測定したのである。

髙島さん「「今回選んでいただいた駅は結果的にすごく良かったと思います。まずホームが2本あり、それらをつなぐ橋と橋上の施設がある。周囲に大きな建物もなく変な反射もないという、きわめてシンプルな環境でしたから電波の特性が非常にわかりやすく理解できました」(JR東日本・髙島さん)」

そして両社とも、将来への強い手応えは感じたという。

「電車で5G!」、今後の課題とは?

この実験、計画から考えると約1年がかりのプロジェクトだった。JR東日本でも「MUE-Train」を使用するには、おおよそ半年前からの“予約”が必要だったし、「『MUE-Train』は我々の我々による我々のための試験車両ですので、今回みたいな実験をそもそもやっていいのかどうかもわからなかったんです」(JR東日本・髙島さん)

大塚「「MUE-Trainでは5Gの『ハンドオーバー』と『ビームトラッキング』に関して一定の成果が得られました。次のステップは商用のエリア構築に向けて、ハンドオーバーのパフォーマンスや成功率を上げるにはどうすればいいか。ビームの選択に関しても、ほかのユースケースにおいてもきちんとできるかということを検証していきます」(KDDI・大塚)」

髙島さん「「実験を行った駅自体はすごくシンプルな構造なのに、ホームの屋根やちょっとした看板も遮蔽物になるから、全体をカバーするには基地局を2つ立てなくてはならないことがわかりました。その発見は非常に有意義だと思いました」(JR東日本・髙島さん)」

大塚「「商用に向けて、駅をカバーするとき、具体的にどういう装置を選定してどういうエリアのつくり方をするかというのがいちばんの課題だと思いました。敷地内に無線機を置かせてもらう方法も、外から電波を吹き込む方法もあります。この違いだけでもシステムのつくり方は違ってきます。その見極めを正確に迅速に行うためにも、一層真剣に検討していく必要があると実感しています」(KDDI・大塚)」

髙島さん「「鉄道の世界に5Gを入れることに関して、観点は常に2つあります。1つは当社をご利用いただくお客さまが駅構内や列車の中でも5Gを快適にお使いいただく環境を整備していくこと。もう1つは、僕ら自身が5Gをどう使いこなしていくか、というところ。これから検証していくことですね」(JR東日本・髙島さん)」

黒澤「「今後もさまざまなユースケースに対応した実験を繰り返して、電波特性を社内の技術的知見として蓄えていきたいと思っています。それを踏まえてどういう周波数を使い分け、エリアをつくるためにどういう無線機が必要になるか。まだまだやることはたくさんあると思いました」(KDDI・黒澤)」

今回は鉄道というまさに身近なインフラでの実証実験となり、5Gはいよいよ“未来の夢”ではなく、目の前の現実になりつつある。5Gの時代になると、さまざまなモノが通信ネットワークにつながることになり、自分から検索しなくても、無意識のうちに必要な情報はスマホに届くことになるといわれている。

鉄道と組み合わさるとどうなるんでしょうね? ホームで電車を待っていると「1本あとの電車のほうが空いていますよ」って教えてくれたり、降りた駅で周辺のグルメ情報を案内してくれたり……そんな便利で快適な未来って、ちょっとワクワクじゃないですか。

文:TIME & SPACE編集部
撮影:稲田 平、TIME & SPACE編集部

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