2017/10/30

日本初の『VR結婚式』 新郎新婦は海外ウェディングでも、親族は国内で祝う?

読者のみなさんとは一切関係ないが、石川家と小林家の挙式である。

そしてこちら、ご両家のお名前のボードの横には、いわゆる「ウェディングツリー」。新郎新婦の結婚の証人として列席者が押してくれる祝福のスタンプが色とりどりのウェルカムボードだ。

列席者ゼロの結婚式。でも幸せ!

このウェルカムボードが飾られているのは東京ビッグサイト。その時、世界最大の旅の祭典「ツーリズムEXPOジャパン2017」が開催されていた。

そしてこのとき、新郎の石川豊さんと新婦の小林智子さんは、直線距離で約2,500km離れたグアムにいた。

こんな感じで。
グアムのビーチでフォトツアーを楽しんでいる同時刻、日本の東京ビッグサイト側ではとある準備が整っていた。

KDDIが近畿日本ツーリストと共同で行った実証実験だ。VRと通信のテクノロジーを駆使し、グアムの挙式と、東京ビッグサイトに集まった列席者をVRのライブ中継でつなぐ「遠隔結婚式サービス」の実証実験。実験だけど、新郎も新婦も結婚式もホンモノ。グアムで行われている結婚式を、東京ビッグサイトに集まった親族のみなさまがVRライブ中継で列席し、祝福するのだ。

新郎のお母様、新婦のお母様、新婦の弟さん、弟さんの奥様とかわいい子どもたち。列席者ももちろんご本人ですよ! みなさんおずおずとヘッドマウントディスプレイ(=HMD)を装着し、辺りを見回している。どうやらディスプレイ内には無人の教会内部が映し出されている模様。グアムでまさに行われようとしている「本物の結婚式」はもうすぐスタートだ。

……昨今、アミューズメント施設をはじめとしたVRにまつわるサービスは「一般化」しつつある。でも、なぜ結婚式なのか? 一生ものの晴れのイベントなんだから、出席してもらえばいいじゃん……と思うのだけど、さてそこらへんどうなんでしょうね?

結婚式をVRで行うのは、なぜ?

そんな疑問点をそのまんま投げかけてみた。答えてくれたのは、今回の実証実験を行っている近畿日本ツーリスト個人旅行株式会社 首都圏営業本部 部長の鈴木卓さん。

「観光地におけるARでのガイドや、普段入れない遺跡などをVRで巡るなど、最新技術を取り入れた“スマートツーリズム”は、私どもでも展開してきました」と鈴木さん。

その一環として、今年6月にはKDDIとタッグを組み「ふくしまミュージック花火2017」をイベント会場から約40km離れた老人ホームと約90km離れたau SENDAIにVRで生中継を行った。実際に旅に出ることが叶わない人でも、VRを利用すればイベントを楽しんだり、旅気分を満喫できる。

左・福島の老人ホーム、右・au SENDAI。今年6月の花火大会のVR中継の模様

「それを新たに旅行商材で扱うためになにをすればいいかを考えたんです。現在のウェディングシーンにおいては“なし婚”、つまり結婚式を行わない人たちが入籍者全体の半数を占めると言われています。そんななかでも海外ウェディングを検討される方は少なくないのですが、こんな懸念材料があるんです

  • ①親族を連れて行くのが大変。
  • ②ハネムーンを兼ねていることが多いので、ふたりだけで楽しみたい。
  • ③帰国後、結婚の挨拶まわりをせねばならない。

「こうした気になる点を解消するのにVRライブが最適ではないかと考えたわけです」

過去、KDDIは"遠く離れた心をつなぐ"をコンセプトに「SYNC PROJECT」を展開。その一環として日本にいながらVRで海外旅行を擬似体験できる「SYNC TRAVEL」などの試みも行ってきた。

それが今回、海外結婚式に活用されることになったわけだ。

そしてグアムの結婚式に東京から列席するイベントは始まった

そんなこんなでグアムの会場は、ここ「ホワイトアロウチャペル」。左のガラス張りの建物がそう。

で、チャペルの内部はこんな感じ。すでに新郎新婦が牧師さんの前に佇んでいますが、挙式はふたりの入場から始まりました。注目いただきたいのは2人……の横にあるカメラ。

新郎新婦の左斜め後ろに、VRカメラがセットされていますね。コレが列席者の視点となって、式を見守っていくわけです。

360°VR映像は、ビッグサイトにいる列席者のHMD(ヘッドマウントディスプレイ)に届きます。

レトロフューチャーな印象の椅子はau SENDAIから持ち込まれたVRシアター「テレポッド」。新郎新婦のお母様もすっぽりとこちらに収まり、椅子ごとぐるぐる回りながら式場の模様を見渡しています。

そしていよいよこちらのシーン……

誓いのキッス!

日本人ですからね、身内の前で新婦にキスするの、ちょっと照れますよね? 東京でお母様たちが結婚式VRに没入しているように、新郎新婦も2人きりのシチュエーションに没入できる。なるほどこれ、悪くないですね!

……新婦の弟さんも、弟さんの奥様もビッグサイトでがっつり見てますけどね!

もしかしたらこんなふうにお互い気を遣うことなく見つめることができるのもVRのいいところかもしれません。あと、平服で列席できるのも楽かも。

で、結婚式の風景としておなじみですが、新郎新婦の挨拶。

新郎新婦からの挨拶は、事前に収録したもの。式のちょっと前に、グアムではおなじみの観光スポット恋人岬で撮影。

「マイペースなふたりですけど、仲良く明るく、笑いの絶えない家庭を築いていきたいと思います。これからもよろしくお願いします」という言葉に、ビッグサイトのお母様たち、ウルウルくるシーンも。感動に、お互いの距離なんて関係ないんです。

そして花束の贈呈。さすがにここは、近畿日本ツーリストのおねえさんが代理で贈呈。その日初めて会ったおねえさんでも、新郎新婦からの家族へのメッセージのあとだと、ちょっとほっこり。

感動のうちにVR結婚式終了

そんなわけで、両家のお母様が花束を受け取り、全員プレゼントをもらってVR結婚式は感動のうちに終了。親族のみなさまにステージに集合してもらい、感想を語っていただいた。

新郎のお母様「VRって初めての体験で、良かったですね。現地にいるような感じで結婚式が見られました。(新郎のお母様)」

新婦のお母様「このようなすばらしい企画をしていただいて感激しています。涙が出てきました。(新婦のお母様)」

新婦の弟さん「子どもたちはすごくVRに興味があって早く見たいって言っていて、新しいものが新鮮でした。全員でグアムまで行こうとなると大変ですよね。全員で海外に行った経験はあるんですけど、手続きも機中もしんどい。360°の映像っていうのはすごく臨場感がありましたね。(新婦の弟さん)」

弟さんの奥様「360°見えるのがすごいなと思いました。隣に人が座っていて、その場に座って見ている景色みたいでした! (弟さんの奥様)」

お姉ちゃん「ゴーグルかけたら、隣がママなのに、知らないおじさんが写ってて面白かった(笑)。(お姉ちゃん)」

妹ちゃん「楽しかった! 智子おばちゃんキレイだった! (妹ちゃん)」

家族の「人生最高の瞬間」+「人生初のVR」体験=みなさんニッコニコ。始まるまでは退屈そうにしていたお嬢ちゃんたちも、新郎新婦のお母様たちも実際かなり大コーフンなのでした。よかったよかった。

で、親族のみなさんの前に立っているコレ。

グアムの新郎側と同じくVRのカメラなわけですが、なんで東京側にも立てられていたかというと……。

これ! 結婚式の終了後の模様だけど、グアム・ホワイトアロウチャペル側でも東京ビッグサイトに集まった親族のみなさんの様子をVRライブで体験していたのであった。

おお、新郎新婦もこの笑顔! 幸せに満ち溢れています!

VR結婚式に秘められた2つのチャレンジ

今回はあくまで実証実験だが、今後、実際のサービスとして提供する気満々。

「この実験には、実は大きな二つのチャレンジがありました」

というのは、東京ビッグサイト側で通信を担当したKDDIの川野悠。

今回の実験で東京側を担当したKDDIチーム。右から2人目が話を聞いた川野悠

「1つはビッグサイトのような不特定多数のお客さんが集まる会場へ生配信するという点。6月に行った『ふくしまミュージック花火2017』の生配信の場合は、受信側が老人ホームとau SENDAIという小規模な会場でしたので問題なく実行できましたが、数万人の人出がある場所で安定的に海外からのVR映像を受信することは難しいんです。そこが比較的うまくいったのがよかったです」

今回は9月に発表されたばかりの「ハコスコLIVE」というシステムを使用して配信を行ったという。これまでは全天球カメラで撮影したVR映像は、複数のカメラで撮った映像の隙間を埋め(スティッチング)、配信用にエンコードしてサーバーに送るという手数がかかったが、ハコスコLIVEのシステムだとカメラがサーバーの役割を果たしており、撮影しながらすぐに配信できるのだ。

ハコスコは、スマホと簡易なゴーグルで、手軽にVRを楽しめるサービス。で、こちらはそのVRゴーグル。紙製だ

「もう1つのチャレンジは、グアムの既存の回線で配信するという点。もちろん専用線を引いたほうがきれいに確実に配信できるのですが、今回は実際にサービス化して販売する前提で、いかに実現可能かということを重視して実験しました。結婚式のたびにスタッフが出張して専用線を引いていては大変なコストがかかってしまいます。グアムのキャリアの回線は細くて不安だったのですが、なんとか配信することができたので、そこが成果と言えます。

5Gになって通信環境が大容量かつ低遅延になると、こういうイベント会場でのVR受信にとって非常にメリットとなるので、そこが新たな一歩になるかなと思っています」

近畿日本ツーリストの鈴木さんも期待を寄せる。

「VR結婚式のサービス化はもちろん、VRを使って仮想海外旅行をしたり、見本市なんかにカメラとスタッフを派遣すれば、大人数で現地に行く必要もなくなります。この分野は今後、観光業開拓にもますます注目ですね」

裏側ではさまざまな技術的な課題を乗り越えて実現した、今回の実証実験。TIME & SPACE編集部取材班は、このおそらく世界初のVR結婚式に東京側で列席させてもらいました。そしてご親族の方々の笑顔と涙を直接見せていただき、「通信技術は感動を伝えることができるのだ」ということを改めて実感したのでありました。

文:武田篤典
撮影:稲田平

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