TS インタビュー

2017/08/17

【デュアルワーカーの肖像】東京のアートディレクターが、佐賀有田でカフェをオープン。通信を駆使して目指す“デュアルな働き方”とは?

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通信やデジタルデバイスを最大限に活用することで、都市と地方を自由に行き来しながら仕事をするクリエイターやビジネスマンが増えている。そんな人たちを「デュアルワーカー」と定義し、その仕事内容やワーク&ライフスタイルへのこだわりに迫ってみよう。

今回ご登場いただくのは原大輔さん、46歳。アートディレクターで、デザイン事務所「SLOW」の経営者である。雑誌、書籍などのエディトリアルデザインを中心に、広告やロゴデザインなど、幅広く手掛けている。

東京では、下北沢にオフィスを構えるアートディレクター

オフィスは下北沢。駅前の商店街のど真ん中にある。
大学卒業後、インテリアデザイナーを経てグラフィックデザイナーに。27歳でフリーランスとして仕事を始め、11年前にこの会社を始めた。

基本、手ぶらが理想。
スマホ1台あれば、だいたいなんとかなりますからね。どこでもスマホはつながりますし、仕事上のデータもすべてチェックできます

近所に出かける時は、スマホと文庫本1冊をポケットにねじ込んでフラリと。打ち合わせの時は小ぶりのリュックにノートとペンを入れて。そこに、着替えのTシャツと下着を加えれば、彼の“もうひとつの拠点”への移動準備も完了してしまう。

そこは、佐賀県有田町。有田焼で有名な有田町に、昨年9月23日、原さんはカフェ「Fountain Mountain」を開いた。

もうひとつの拠点は焼き物の町・佐賀県有田町

古民家を改装したカフェ「Fountain Mountain」。有田の街並みに溶け込む

東京から福岡空港を経由、クルマに乗って約4時間。町のメインストリートに並ぶ多くのお店は、有田焼の製造や販売を手がけている。「Fountain Mountain」も、もともとは築80年の有田焼製造販売のお店を改装したものだ。のどかで風情のある景色のなかでまずはスマホをチェックしてみれば、おお、バッチリつながっているのである。

auのスマホを使っているんですけど、どこでもつながるのは大きいですね。東京にいる時と変わらず仕事ができる。そうじゃなければ、新たな拠点なんて考えられません」

で、カフェの裏を指差して原さんは言う。
「あそこが昔、ひいばあさんの住んでた家なんです。あそこに見える屋根が、うちのじいさんの家」

店から出ると、目の前には英山(はなぶさやま)が視界を占拠する。原さん自身は長崎県の佐世保にほど近い川棚という土地の生まれで、小学生の途中までそこで育った。有田は原さんのお父さんの生まれ故郷。幼少期の夏休みをよくこの町で過ごしたという。
その後、原家は名古屋を経て千葉に引っ越し、人生の大半は千葉県民だったが、なんとなく有田のことは気にかけ続けてきた。

「何年か前から、有田がこのままではダメになるっていう声を結構耳にするようになったんです。有田焼は日本の磁器のルーツとして有名ですけど、その焼き物が町の魅力としてあまり機能していないというんですね」

なにか自分できることはないか、と考え始めたのが4年ほど前。といっても、“町おこし”みたいなことではない。東京でのデザインの仕事はうまく回っている。ただ、請負仕事が中心になり「自分たちからなにかを発信することが少なくなっていたんです。その仕事のあり方と、有田の現状が僕のなかでつながって、“このままではいけないな”って思うようになったんです」

そして思い至ったのが“場所”。
「地元の人が集まって、いろいろ話をしたり、なにかしたいときに受け皿になったり、もしうまくいけば観光に来た人に立ち寄ってもらえるような場所。雑誌を作るように、みんなの拠点になるような場所を作るほうがいいなと」

意識したのは「目的を絞らないこと」「着地点を決めて、そこにうまく降りられるように運営しないこと」。雑誌なら仕事柄、おおよそのゴールや理想の完成形は想像できる。でも「カフェ」という未知の形態。物販もしたい。しかも、元気を失いつつある焼き物の町で。原さん自身は有田に思い入れがあるけれど、土地の人からすれば“ほぼよその人”。

「東京のように“請負う”ということではなく、ここではざっくりと自分のやりたいことをやっていければいいなと思ったんです。それが東京のSLOWのブランディングを見直す機会にもなるんじゃないかなって」

自らの「SLOW」という言葉に触発されるように、スマートフォンに目をやれば、新たなメッセージが届いている。原さん、サクサクと返信。業務への取り組み方は、「東京にいる時と全然変わりないですよ(笑)」。

店に立ち、人に会い、地域の話を聞く

原さんが有田に出向くのは月に2〜3回。店に立って、ショップの商品を整理したり軒先を掃いたり、洗いものをしたりもする。

「Fountain Mountain」には地元採用のスタッフが4人いて、普段はふたりで回せるので、実際、原さんが来る理由はあまりない。ここは原さん自身の問題で、それ自体、東京の仕事のリフレッシュになっている側面もある。

そして何より人に会うこと。

原さんがやって来るタイミングに合わせて会いに来る人は少なくない。カフェの運営に関することについてはもちろん、多くは「これからの有田をどうするか」を話すために。

この日訪れたのは、有田町役場商工観光課の深江亮平さん(写真・中)。
「役場の会議室でウンウン唸っていても、いいアイデアは出ないので、普段からよくここには寄せてもらいます。特に原さんが来ている時は、“今こういう案件があってこんなふうに考えてるんですけど、どう思います?”ってよく相談してます。とりあえず話を聞いてくれて、基本“いいね!”って言ってくれて、勇気をもらえます(笑)」

偶然やってきて合流したのは、有田町地域おこし協力隊の佐々木元康さん(左)。「ここに来ると誰かに会えるから面白いんですよね。集えるカフェって貴重ですから」

佐々木さんが手がける、有田の空き家への居住者を斡旋する事業やシェアハウス「コネル」の近況に熱心に耳を傾け、原さん自身、前日に佐賀市で視察してきた、一般人が自治体にプレゼンするイベントの模様を報告している。

店内では定期的にヨガの教室や「花」をテーマにしたワークショップ、親子のための映画会などのイベントが開かれ、いずれもまずまず盛況の様子。原さんの狙い通り、自治体や意識の高い地元のみなさんの拠り所としてはもちろん、ごくごくフツーの地元のみなさんが集う場所としても「Fountain Mountain」は機能している。

真摯に熱く有田の話を展開しつつ、テーブルの上にはポンとauのGalaxy S8。原さんが有田に帯同するのはこれだけ。コンパクトだけれど強い味方である

で、原さんは有田に来るときも基本、通信機器はスマホひとつで、仕事用のPCは持参しないという。

「東京からは4時間ぐらいかかりますし、正直、空港からの交通の便はよくないんですが、僕のなかでは東京も有田もシームレスでつながっていて、“距離感”はあまり感じないですね。なにかあったらすぐスマホで話はできるし、よくLINE経由でここからミーティングしたりもしてます。スマホではさすがにデザイン作業まではできませんが、東京のスタッフから送られてくる重めのPDFをチェックして、コメントを戻すこともできますしね」

取材中、アートディレクターである原さんのスマホには、東京のスタッフからひっきりなしに電話やメール、LINEが飛んでくる。インタビューを受けながら、カフェでお客さんの相手をしながら、それらの問い合わせにも1つひとつ対応する。

「ホント、どこでもつながってくれるのはありがたいですよ(笑)」

そして町と人に刺激を受ける

「ちょっと行きますか」
原さんが言う。有田にまつわる密談が終わり、お店のスタッフの方々との雑談も終わり、一息ついたタイミング。
「Fountain Mountain」からクルマを走らせて5分ぐらいのところに、その場所があった。

「あのー、真ん中の山のところ、このあいだ崩れちゃったんですが・・・・・・」と原さん。子どものころ、よくおじいさんに連れてこられた場所らしい。有田にカフェを開くと決めたあと、現地入りするたびに立ち寄っていたともいう。

「ここね、有田焼の原料になる陶石の採掘場なんですよ。1616年に朝鮮人の陶工・李参平が、ここで白磁の原料を発見して、日本で初めての陶磁器が生まれたんです。ここで取れる原料は鉄分が多くて赤茶色なんですよね」

有田は分業が進んでいて、企業体のようにして焼き物を発信していた。そのぶん、流行にも敏感でつねに新しい要素を取り入れていたとか。
ちなみにここ、泉山磁石場という場所。ああ、なるほど! それでカフェの名前が「Fountain Mountain」。

……と、ここでも東京で進めているデザイン案件へのチェックの連絡が入る。「あ、そう? OK、じゃあ確認するよ」なんて事務所のスタッフと電話でお話。送られてきたデザインラフのPDFを眺めながら、ふむふむとうなづき「確認したよ。あのね・・・・・・」と早速の指示出し。

なるほど、原さんの「距離感はない」という言葉にも納得させられるのである。

「東京の『SLOW』をこれからどうしようとか、新しく開く店をどうしようとかも考えます。この奇観を目の前にするといい意味でぼーっとすることができて、デスクにいるとのは違う発想が出てくるような気がするんですよね」

その後、出向いたのは「in blue 暁」というギャラリー兼工房。

作家の百田暁生さんの窯であり、作品を展示販売するギャラリー。有田焼の技法のひとつである青白磁にこだわり、青みがかった風合いのなかでミニマルに表現する作品が並んでいる。

ギャラリーに併設した工房にお邪魔し、新作を撮影してはすぐさま東京のスタッフに送る原さん。

百田さんのギャラリーは有田の町の中心から離れた高台にある。目の前には尖った山のシルエット。ススキが生い茂っている。一瞬ここは日本なのか、と思わせる風景。でも、最高画質で撮った画像がすんなり送れる。「いいですね!」とすぐに東京のスタッフからレスポンスがある。

「百田さんの作品は、店で普段使いというわけにはいかないけど、なにかに取り入れられたら面白いなと思って・・・・・・。こういうとき、有田・東京間で大きなデータのやりとりすることもありますけど、auのスマホでストレスを感じたことはありませんよ」

と、百田さんの方を向き、続ける。「この薄さで仕上げるのって尋常じゃないですね?」

「1300℃で薄さを保って焼くのって難しいんですよ。だからうまくできたのは、あんまり売りたくなかったりするんですよね(笑)」

百田さんの作品は、8月22日まで日本橋髙島屋美術画廊で、10月4日から台北そごうで、10月14日からは「柿傳ギャラリー」で展示。

佐世保の沖合、黒島の国の重要文化財・黒島天主堂で使われていたタイル。原さんが触れているのがオリジナル。当時そのタイルを作ったのは百田さんのご先祖だったという。それを当時の手法で再現したと、百田さん。

説明を聞きながら、しきりに「いいなあ、これ」とつぶやく原さん、またもやauのGalaxy S8でタイルを撮影し、即、東京に送るのであった。

拠点を増やすことによって、原さんの仕事は変わったのか?

答えは「もちろん!」

最近では有田で新しい仕事も生まれているという。たとえば、先の「in blue 暁」のカタログやポストカード。

「百田さんからカタログ制作のオファーを受け、ポストカードや名刺のデザインも提案しました。ADは『SLOW』ではない外部のプロダクトデザイナーにお願いして、いつもとは違ういろいろな視点を入れて作りました」

新しい拠点ができ、新しい仕事のやり方を見つけ出すこともできたという。

「さっきの黒島のタイルも、商品化できると絶対面白いと思いますしね」

そして、改めて「Fountain Mountain」に戻り、原さんと入れ違いで東京にいるカフェ担当者と臨時のスマホミーティング。議題は、カフェでコーヒーを供する際のカップを制作できないか、について。

「なんか遊んでるっぽく見えますよね(笑)。よく“あれ? PC持ってきてないの?”って言われるんですけど、僕にとっては完全なモバイル化が理想なんです。

“移動するADになりたい”って前々から言ってるんです。物理的に移動することって、ものをつくる人間にとってはすごく大事なことじゃないかなって。気分転換になるのはもちろんですけど、脳に余白ができて感覚が研ぎ澄まされる気がするんですよね」

原さん、手にしたauのGalaxy S8を掲げて「ホラ、つながってるからね」と、ニヤリと微笑む。

「それもこれも、東京にいても有田にいても仕事に支障がない通信環境があるから実践できることだと思うんですよね(笑)」

原大輔
1970年生まれ。長崎県出身。アートディレクター。SLOW代表取締役。企業誌や雑誌のエディトリアルデザインや、ロゴなどのデザインを手がける。有田での拠点「Fountain Mountain」はカフェであり、地元のコミュニティスペースとしても機能している。

文:武田篤典
撮影:松尾 修(STUH)

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