TS インタビュー

2017/03/30

【デュアルワーカーの肖像】福岡・糸島⇔東京・渋谷。通信を駆使して自由に働く。WEBコンサルタント福田基広

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通信やデジタルデバイスを活用し、都市と地方を自由に行き来しながら仕事をするクリエイターやビジネスマンが増えている。そんな人たちを「デュアルワーカー」と定義し、その仕事内容やワーク&ライフスタイルへのこだわりに迫る。

これはそんな企画の第一弾。登場するのは福田基広さん・33歳、お仕事はWEBコンサルタントである。

デュアルワーカー、颯爽と渋谷に登場!

待ち合わせたのは、東京・渋谷。世界一有名なスクランブル交差点。福田さんのお仕事、具体的には検索流入を上げてサイトへの自然集客を図る、いわゆるSEOだったり、あるいは企業や個人に対してのWEBメディア導入によるマーケティングのコンサルティングだったり。オンラインでスクールを開講、リアルでも講演活動を行う。ちなみに2014年には年間400回以上登壇したという。また、福田さんはインターネット上で仕事の受発注が完結するクラウドソーシング「ランサーズ」を通した仕事の受注も行っている。

「東京へは月に1度来て、5日〜1週間ぐらい滞在します。講演活動やオンラインスクールの定例勉強会、あとはクライアントとの打ち合わせなど、対面しなきゃできない業務を約1週間に凝縮して設定し、上京するんです。

東京にオフィスはありません。僕は渋谷のカフェにずーっといて、クライアントや仕事相手にきてもらうスタイルですね。だいたい1時間刻みで入れ替わり立ち替わり(笑)。大変ですけどね、まあ月イチのことなので」

では、1ヶ月の残り約3週間をどんなふうに過ごしているかというと・・・・・・。

これである。

福岡県糸島市在住。糸島といえば、博多から車で約1時間、地元の人々のビーチリゾートにして、九州最大のフェス『サンセットライブ』が毎年開催され、「赤い」「丸い」「大きい」「うまい」イチゴ「あまおう」の産地で、タイにカキに糸島野菜がうまい町。

ここでのんびり暮らしている。「のんびり」は、こうしたロケーションとセットになる慣用表現ではなくて、まさに事実である。福田さんが糸島にいる時に平均的な1日の過ごし方はこんな感じ。

「朝8時ぐらいに起きて、外の景色を見ながらコーヒーか白湯を飲む。うち、森の向こうに海が見えるんですよ。日中は、パソコン業務はほとんどしません。木を切ったり庭の片付けをしたり薪を作ったり。そういうことって日が落ちたらできないので。"生活"優先ですね(笑)。

うちから徒歩10分ぐらいのビーチに散歩に行って流木探したり、いいのがあったら家具にしたいし、草刈りもしなきゃだし、あとは庭で野菜作りをするために、いま、土を作ってるんですけど、とにかく日中やることが多くて大変なんですよ(笑)」

で、お仕事のほうは日が落ちて、奥様が夕餉(ゆうげ)の支度に入る頃に2〜3時間取り組む。おもにはオンラインスクールのコンテンツ制作やブログの執筆、アップデートなどなど。

「いえ、その前に風呂に入ります。明るいうちに入るとすごく贅沢な気分になれます。上がってきてもまだ明るくて、なんか毎日温泉気分が味わえるんですよ(笑)」

福田さん夫妻は、昨年夏に、築25年弱のログハウスを購入。建物裏手の斜面の林も含め、敷地はおおよそ110坪。

で、リノベーション費も合わせて都内のワンルームマンションよりも安く買うことができた。以前の住人の残した小屋や荷物があり、庭も林も荒れ放題だったため、いまは夫婦二人で、家周りの作業を行うのが、毎日の大切な仕事になっている。

ものすごく大まかにいうと、主に東京でお金を稼ぐ仕事をし、糸島では生活するための仕事をしているような感じ。

旅して2日で移住決定。そのとき試したこととは

福田さん、富山県出身である。14歳からDJを始め、20歳で上京。みんな知ってる猿のマークのお洒落アパレルブランドに就職し、10年弱勤務。最後はデパート内のショップのマネジャーにまで出世した。

で、同じフロアにかわい子ちゃんがいて自然と仲良くなったのがいまの奥様なのだが、それはさておき。

その後、みんな知ってる日本の世界的IT企業で営業を担当し、30歳で独立。友人とウェブマーケティングの会社を開く。この時には事務所もあり、従業員もいた。

「でも、そこは1年で友人に譲渡し、僕は事務所を持たないノマドワーカーになりました。アパレル時代から、自分が、会社組織にいて一つところでじっとしているのが苦手だなという実感が積もり積もってたんですね。それで、場所にも時間にもとらわれないワークスタイルを実現できるジャンルはなんだろう、って考えてITに転職したんです」

転職の時点ですでに東京脱出はぼんやりと考えていたという。ただその頃は海外を転々としながら日本の仕事をする、グローバルなノマドワーカーを想像していた。で、独立してからは、いまの東京でのワークスタイルとほぼ同じ。事務所を持たず、クライアントとはカフェで会って打ち合わせ。

「それを1カ月かけてやってたんですよ。で、そのうちに "これってぎゅっとまとめれば1週間ぐらいでできるんじゃないか" って気づいて。だったら、東京に住み続けている必要もないんじゃないかって思って」

にわかに東京脱出が現実味を増してきた。そしてこんなブログを書く。「デュアルライフ?田舎移住4つのススメ」。

5月にこの投稿をし、6月にふらりと夫婦で糸島に旅行に出た。住むつもりではなく、8日間の予定で遊びに行ったのだが、2日目にはもう物件探しを始めていたという。

「香川とか高知とか広島とか、いくつか候補地は考えていて、ゆっくりと旅行でもしながら選ぼうと思っていたんですが、一発でハマってしまいました。海も山もあって食べ物は美味しいし、東京への交通の便も悪くない。LCCを使えば、一人3,000円〜5,000円で往復できるのも現実的でした」

そして、それらと同じぐらい重視したのが、「通信」だった。

東京時代からノマドワーカー期が長かったので、電波状況には人一倍敏感だったという。

「約2年やってましたからね。まあ都内ですとWi-Fi飛んでてノマドできるカフェやコワーキングスペースには事欠かなかったんですが、こっちは一般向けに開放しているネット環境のある場所はあまりなかったので、作業にはWi-Fiかテザリングは必須ですよね」

で、実際にモバイルルーターとスマホを持って糸島市内をグルグル回って試してみたらしい。

「僕が調べた感じですと、海沿い山沿いはWi-Fiがつながらないケースが多かった。でも、僕はauのiPhoneを使っているのですが、まったく問題なくつながり、テザリングできました。

家ならば無線LAN持つのは当然だと思うんですが、外で作業するならテザリングは絶対。糸島はどこでもつながって非常に快適なんです

MacBookとiPhone。仕事道具はこれだけ。紙の手帳や筆記用具は持ち歩かない

「実は、移住前の夢のひとつとして、ビーチで仕事っていうのもあったんですけどね」

2015年8月に移住してきて、最初は町なかのアパート住まい。東京時代の住居の間取りに近い物件を選び、買い物とか公共サービスとか、最初はある程度"町の機能"を享受できる住環境だった。ログハウスを購入したのは、その約1年後。これを福田さん「二段階移住」と呼ぶ。

「最初は "地方暮らし" という感覚で、その地方に慣らしていく。住環境が変わるのは大変ですから。その後、ログハウスに移ってからが僕たちにとっての本当の "田舎暮らし" のスタートだったと思っています」

そのあいだに、さまざまな糸島の人々と知り合い、生活の上での教えを請うたり、面白い別の人を紹介されたり、どんどん地域に密着するようになってきた。

いま住んでるログハウスの改修を手伝ってくれた大工さんは、地元の雑貨屋さんの紹介だし、その大工さんの紹介で地元のサーフショップにつながり、念願のサーファーデビューをすることもできたという。

移住して、糸島の人としてやりたいこと

糸島には移住者も多く、都市からきた人間を快く受け入れる土壌があると福田さんは言う。

で、福田さん自身、 "糸島の人" として、ここに来る人を受け入れるお手伝いをしたいとも考えている。実際に「デュアルライフ」ということを、福田さんは自身のメディアでも打ち出し、実践者として色々なお客さんを迎えるということもしている。それで我々を案内してくれた。

『ライズアップケヤ』は閉店したスーパーマーケットを改装したカフェ&コワーキングスペース。「福岡移住計画」という団体が運営しており、現在はアーティストやCMなどの撮影スタジオや、ウェディング会場、企業や大学の合宿の場としても活用されている。

何度か待ち合わせに使ったことがあるという福田さん。ディレクターである池松拓哉さんとは初対面ながら、「地方への移住」というテーマで意気投合。糸島の魅力について語り合うのだった。

この施設は、Wi-Fiも完備しており、auの電波もバッチリ。トークに花を咲かせながら、福田さん、仕事のメールも問題なく受信していた。

そして、必ず連れて行くというところが『カフェサンセット』

1990年にオープン。糸島の二見浦海岸のサーフポイントに突如出店し、ビーチ&サーフカルチャーのフロンティアとなったお店。冒頭で触れた九州最大のフェスを主催しているのがここだったりします。で、街から来た人を案内するだけでなく、美味しいロコモコを食べつつ、店長の武蔵さんとお話しするのもまた楽しい。

ちなみに、写っていませんがすべての場所に奥様同伴。

「そうですね(笑)。カミさんと一緒にあちこち行ってますよ。たまには美味しい店を巡ったり、雑貨屋さん行ったり、カフェで和んだり。あとカミさんを車で送る役目を仰せつかることもあって(笑)。でも、そういう時でもauのスマートフォンとPCさえあれば、糸島ならどこでもネットがつながるので、仕事はできます」

なお、福田さん今年の「サンセットライブ」のアーティスト選考のお手伝いもしているとか。なにしろDJ歴はおおよそ20年。この取材の2日後、このカフェでの「焚き火Night」なるイベントでも回したらしい。

「好きで住んでる場所」という考え方

ド平日の日中に家の作業に没頭することもできれば、奥様のお供も。なんだったら旅行に行っても構わない。休みも、仕事する場所も自由に決めているという福田さん。

「そもそも僕はコミュ障って言っていいぐらい人と接するのが苦手だったんですけど、こっちに来たら色々な人たちと触れ合えて、糸島のことを知ることもできたし、溶け込むこともできました。

もちろんみんながすごくフレンドリーなこともあるんですけど、僕たちが積極的にこの土地とつながりたいって思ったから、できたことなんじゃないかなと思うんです。だって好きで住んでる場所なんだから! 」

なにかキレイごと的なことを言おうとしているのではないのである。

「好きで住んでる場所」。当たり前のように聞こえるが、これなかなか実践できないものである。前提として職場に規定されますね? おおよその交通の便を考えて、予算とか間取りとかを想定し、可能な範囲で住める場所を選ぶ。もう既にこれ、「100%住みたい場所ではない」のだ。だから、「土地の人とつながりたい」みたいな感覚はあんまり生まれてこないかもしれない。

「僕たちは、本当に住みたくて選んだ場所ですからね(笑)。糸島に住んでみて、自分を取り戻せたというか。年配の人とも交流できて、人間関係が濃くなりましたね。

普段そんなことはあんまり考えないけど、改めて気づくのは通信インフラのありがたみですね。どこに行っても、大事なメールやメッセンジャー逃さないし。あと、アマゾンも普通に1日で届くし(笑)。

なんか、むしろ都市部にいるより、ネット環境の重要さを実感します。いまこれができてるのは、間違いなくそのおかげだし」

そうそう、名刺は持っていない。仕事の場所は決まっていないし、知り合った人とはすぐにSNSでつながることができるから。

福田基広
1983年生まれ。富山県出身。WEBコンサルタント。オンラインスクールの企画・構築やWEB集客など、企業を中心にコンサルティングを行い、講演活動とたまにDJも。

文:武田篤典
撮影:松尾 修

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