2016/08/01

【ITプチ長者への道】鉄ヲタの愛は国境を越える! 後編「海外の売上が7割? スマホ用鉄道シミュレーター世界的ヒットの理由」

スマホアプリやLINEスタンプ、イラスト、写真など、ネットを利用して密かにヒットを飛ばした"知られざるヒーロー"を紹介する「ITプチ長者への道」。第4回は個人制作のiOS向け電車運転シミュレーター『Train Drive ATS』シリーズの作者であるTakahiro Ito氏に、このアプリが世界的なヒットを記録した理由について聞いた。

<前編はこちら>

ヨーロッパからアジアまで、日本のローカル線に全世界が萌えた!

『TrainDriveATS』シリーズの生みの親、Takahiro Ito氏。小学生の頃からの鉄道ファンである

Ito氏がリリースする『Train Drive ATS』シリーズは、90年代に大ヒットした『電車でGO!』(タイトー)と同系統の電車運転シミュレーターだ。前編でも紹介したとおり、ATS(衝突や速度超過防止のための保安装置)や緻密さで知られる日本の鉄道のダイヤグラムをバーチャルに再現したものを導入するなど、従来のシミュレーターを超える"リアル"さの追求が大きな魅力となっている。いわばマニアックに「日本の鉄道」を再現したシミュレーターなのだが、なんとこのアプリ、実際には国内よりも海外でより多くダウンロードされているというから驚きだ。世界各国で高い評価を受けた理由はなんだったのか?

「実は、開発当初から世界を相手にすることを考えていました。鉄道ファンは世界中に存在しますし、日本の鉄道に興味を持っている人も多いはずだと思ったんです。ダイヤグラムのようなリアルさを追求した鉄道運転シミュレーターがほかになかったので、リリースすればその道のパイオニアになれるというのも、開発を決意した一因でした」

当初は800円の有料版のみをリリース。同類の『電車でGO』アプリ版(販売終了)に揃えた価格とはいえ、個人制作のゲームアプリとしては強気の設定だった。実際、発売後10カ月は1万ダウンロード未満の実績だったという。

ヒットしたのは、機能を制限し広告表示を加えた無料版をリリースしてからのこと。有料版に比べ、一気に数百倍近いダウンロード数となりました。海外のユーザーが急増したのもその頃からですね」

「TrainDriveATS2 Demonstration Movie 01」(TrainDriveATS 公式chより)

先ほども触れたように『Train Drive ATS』シリーズは、日本の鉄道をリアルに再現したゲーム。鉄道ファンは世界中に存在するとはいえ、日本の鉄道に興味をもっている人がそんなにいるのだろうか? だが調べてみると、世界の鉄道ファンにとって日本の鉄道は、いわゆるジャパニメーションやKAWAIIカルチャーのようにリスペクトを受ける対象のようだ。海外には「Japanese Railway Society」なる日本の鉄道好きが集まる団体まで存在するという。

Ito氏は、海外ユーザー向けに英語版はもちろん、ドイツ語やフランス語など全部で14カ国語ぶんのローカライズを実施。この翻訳作業は友人や、シリーズの公式ツイッターを通じ知り合った海外のユーザーにギャランティを支払い依頼したという。ローカライズの対象となる国は、アプリのダウンロード状況をチェックして決めた。

「ダウンロード状況をチェックすると、フランス、ドイツ、イタリア、イギリスといったヨーロッパ各国での人気が特に高いようです。逆に比較的人気が低めなのはアメリカ。これは、生活と鉄道が密接に関連する『人口密度の高いエリア』に鉄道ファンが多いということで説明がつくと思います」

上記以外では、タイやトルコ、韓国でも好評。特にトルコではApp storeのダウンロード数総合1位を獲得したこともあるという。これも、トルコで最近地下鉄が開業したことと関連しているのでは、とIto氏は推測する。ちなみに、これまでにリリースされた『Train Drive ATS』と続編『Train Drive ATS2』の合計売上額は約8,000万円。このうち、7割ほどが海外での売り上げだ。

外国人や"撮り鉄"にもアプローチするシンプルな機能とインターフェイス

「最初から海外で販売することを想定していたとはいえ、実は海外で好評だった理由は自分でもよくわからないんです(笑)。強いて言えば、ユーザーインターフェイスをなるべくシンプルにしたことがヒットにつながった理由のひとつでは、と。ダイヤグラムや物理系はかなり細かく再現したんですが、一方で操作は指1本でもできる程度に簡略化しています。これによって、遊ぶのは簡単だけど、クリアはとても難しいゲームとなっているんですね。そのため『これ、意外と難しいからやってみなよ』というように、友達に薦めやすくなったのではないでしょうか」

確かに『Train Drive ATS』シリーズの遊び方は極めてシンプルだ。基本的な操作は、画面左の運転装置(マスコン)を上下になぞるだけ。上になぞれば減速、下になぞれば加速の制御となる。列車を動かす、ということだけなら子どもでも簡単にできてしまうのだ。

基本的な操作は、左側のマスコントローラーで行う。B1~B7がブレーキ、P1~P4がアクセル(加速)。制限速度を守りながら加速・減速を行い、線路の左側にある青い矢印の位置に停止できればOK。大幅に通り越してしまった場合はゲームオーバー

とはいえ、それだけで列車が運転できるなら、それこそ運転士は"お猿さん"でもよいことになってしまう。ここで重要なポイントとなるのが、決められたダイヤグラムに従い「時間どおり」かつ「安全に」列車を運行させること。表示される制限速度を守りながら列車のスピードを調整し、駅に到着した際には目安となる停止線に合わせ、安全な範囲の減速具合で列車を停止させなければいけない。初心者なら、まず停止線ピッタリに列車を停止させるだけでひと苦労。線路のカーブや起伏の状態によって走行中の加速や減速の加減も変化するため、時刻表通りに運行できるようになるためには、かなりのスキルが要求されるというわけだ。

一定のステージをクリアすると、車両の種類が増えたり、特定の時間や駅から電車を眺め、撮影できるようになったりする

また、運転シミュレーターの要素だけでなく、運転席をはじめ、さまざまな視点から自分が運転する列車や風景の"撮影"ができる3Dゲームならではの「お楽しみ」が用意されているのもユニークな特徴。一定の条件をクリアするごとに、運転(撮影)できる車両の種類が増えたり、撮影できる視点が増えたりといった"やり込み要素"が加えられているため、長く楽しめるゲームとなっている。ひょっとしたら、この機能もまた「日本の鉄道を撮影してみたい」と願う海外の"撮り鉄"にアピールできたポイントなのかもしれない。

運転中や駅からの視点で撮影した写真は、アプリ内のギャラリーに保存される。スマホのカメラロールに保存したり、SNSに投稿したりすることも可能

ひとりのファンが夢想したゲームが、鉄道会社を動かした

ゲームとしての楽しさを保つためには、リアルさを追求するだけでなく、バランス感覚も重要だ。ユーザーインターフェイスもその一例だが、話を聞いて面白いと思ったのが、シリーズにおける現実とバーチャルの配分。たとえば第1弾では、走る列車のデザインは東武鉄道、第2弾では京王電鉄の正式なライセンスを受けて再現しているが、路線はほぼオリジナルの内容になっている。

第1弾で東武鉄道の車両が走るのは、Ito氏の考案した架空の路線。「板橋中央」や「浅草元町」という駅名も、現実には存在しない

「東武東上線は自分の故郷を走っている思い入れの深い路線なので、最初は線路や風景も再現したいと思ったんです。でも、現実の路線やダイヤグラムって、当たり前といえば当たり前なんですが、ゲームのように面白くないんですよね(笑)。特異な形状のカーブや追い越しといった華のあるイベントを詰め込むためには、やはりゲーム用にデフォルメした路線やダイヤグラムを考えたほうがよかった

細部はリアルにこだわりつつ、ゲーム性を忘れず架空の要素もふんだんに取り入れるバランスの良さ。これもまた、『Train Drive ATS』シリーズがヒットした理由だろう。だが、Ito氏が今制作しているTrainDriveATSの第3弾は、関西の某私鉄企業のオファーを受け、リアルな路線を完全に再現するものだという。先ほどの話を聞くと、実際の路線ではゲームの楽しさが発揮できないのでは? と思うが......。

「お話をいただいている私鉄には、カーブや追い越しなどのイベント要素がほどよく配置された、鉄道ファンにも人気の路線があるんです。これならリアルさを重視してもゲーム性が損なわれないはず。実際のダイヤグラムや路線の設計データも提供していただけるということで、楽しい作業になりそうです」

ある意味、鉄道ファンなら誰もが夢見る「本物の鉄道の再現」ができるのだから、制作者冥利につきる話。リリース時期などは未定というが、今から完成が楽しみなアプリとなりそうだ。将来は、海外の路線も再現してみたいというIto氏。夢の実現に向け描かれたダイヤグラムに従い、Ito氏のチャレンジは本日も順調に運行されていく。

取材・文:石井敏郎