2018/03/16

ウマとヒトの絆を紡ぐもの

ウマとヒトの関係は親密だ。ウマはヒトの怒りの顔に対して身構え、
ヒトの笑顔からは褒める声を、怒る顔からは叱る声を想起する。

ウマも「空気」を読む

ウマは群れで暮らす動物だ。仲の良い仲間と身を寄せ合い、一緒に食べたり、眠ったりする。また、「挨拶」をしたり、遊んだり、毛づくろいをしたりする。喧嘩をすることもあるが、喧嘩の仲裁や慰めも見られる。そうして仲間同士の絆を育む。母親が仲間と強く絆を築けていれば、その母親が子どもを産み、1歳まで無事に育て上げられる割合が高くなる。ウマにとって、仲間とうまくコミュニケーションを取り、絆を形成・維持することはそれほど重要なのだ。

仲間の表情や音声からその情動を読み取れると、仲間の行動を予測するのが容易になり、仲間とのやりとりが円滑になる。「空気」を読むことはヒト以外の群れる動物においても必要だ。実際、ウマの情動は表情や音声に反映され、ウマはその表情や音声の意味を理解して柔軟に対応する。ウマは見知らぬウマのポジティブな期待に満ちた顔やリラックスした顔の写真に比べ、怒った顔の写真に近づくのをためらい、見ようとしない。不機嫌な仲間に近づいても親和的なやりとりが成立しないばかりか、攻撃を受ける可能性まであるため、ウマは仲間のネガティブな怒り顔への接近を控える。

ヒトのシグナルにも敏感に

ウマは、約5500年前に家畜化されて以降、移動や運搬・駆動・農耕・祭祀・スポーツ・レジャーなど多様な場面において、ヒトとも親密に関わり合い、その生活を支えてきた。では、ウマはヒトのどのようなシグナルを読み取って、ヒトと絆を紡いできたのか。私たちの研究から、ウマはヒトの注意状態に敏感であることが明らかになった。ウマは、自分を見ている人に対しては、餌とその人を交互に見て餌を催促する。一方、自分を見ていない人に対しては、前脚で地面をかいて音を出したり、その人を鼻でつついて注意を引いたりして餌をねだることの方が多くなったのである。ウマは、ヒトとの長い共同生活の歴史の中で、ヒトの注意状態に応じて、より効果的な手段で餌をねだり、効率的に餌を得ることを学習してきたのだ。

ウマはヒトの情動シグナルにも敏感だ。ウマは、見知らぬ人の顔であっても、笑顔よりも怒り顔を見たときに最大心拍数に達するまでの時間が短くなる。笑顔に比べてネガティブな情動価を持つ怒り顔に対して、その後に生じうる罰を回避しようと身構えるのかもしれない。私たちの研究ではまた、ウマがヒトの情動をその表情と音声を組み合わせて認知していることも分かってきた。もともと、ウマが仲間を、その見た目と声を合わせて認識していることは知られていたが、ウマはヒトの笑顔を見た後には褒めるトーンの声を期待し、ヒトの怒り顔を見た後には叱るトーンの声を予測していることを示唆する研究結果が得られたのである。ウマはヒトとのコミュニケーションにおいてヒトの顔をよく見て、その声をよく聞いて理解しているようだ。

ポジティブな情動の捉え方

ウマが仲間やヒトのネガティブな情動を回避したり、身構えたりするのに対し、ポジティブな情動をどう捉えているのかは、まだ分かっていない。そのため、今後、仲間やヒトのポジティブな情動がウマに与えるストレス緩和効果や報酬としての価値を調べたいと考えている。また、ウマとヒトの絆を紡ぐ上で、ウマのどんな表情・音声が必要とされ、進化してきたのかを明らかにし、ウマとヒトのコミュニケーションの在り方を探っていきたい。

執筆:瀧本 彩加
絵:大坪 紀久子

上記は、Nextcom No.33の「情報伝達・解体新書 彼らの流儀はどうなっている?」からの抜粋です。

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Ayaka Takimoto 北海道大学 大学院 文学研究科 准教授

1984年生まれ。京都大学文学部卒業。同大学大学院文学研究科博士課程修了。
日本学術振興会(PD)を経て、2015年から現職。専門は動物心理学、比較認知科学など。
ヒトとウマなどの伴侶動物との関係が主要な研究テーマの一つ。

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