2017/08/31

キレるコオロギの社会復帰

人の成長にはコミュニケーションが欠かせない。コオロギも然り、といえば驚く人もいるだろう。
どんな動物でも、行動の発達には触れ合いが不可欠のようだ。

コオロギにも気性?

動物は他の生物を食べる。食糧となる資源が少なくなれば、仲間との間でも争いが起こる。メスを巡ってオス同士が競い合うのもほとんどの動物で目にすることができる。人も例外ではない。

 「多様な生物も進化の賜物」と唱えたダーウィンは、動物の示す怒りや怖れのような感情や表情も祖先から引き継がれてきたものだから、種を超えて共通性があると考えた。

私が長年つき合っているクロコオロギも気性が荒いことで知られており、オス同士が出会うと激しいケンカをする。人でもキレやすさの違いがあるように、コオロギにも気性に違いが見られる。気性の違いはどのように決まっているのだろうか。生育環境をいろいろ変えてみたところ、仲間との触れ合いが気性に深く関わっていることが明らかになった。

キレるインターネットコオロギ

クロコオロギは自然界では1㎡に数匹程度見つけることができるが、研究室では衣装ケースに100匹以上の高密度で集団飼育している。生育密度が発育に影響することは多くの動物で知られており、過密な環境では成長が抑制され、過疎な環境は成長を促進する。そこで、究極の過疎状態、つまり隔離飼育をしてみると、集団コオロギの倍近くに成長することがわかった。

コオロギの場合も体の大きいものがケンカに強い。そこで、体重をそろえて集団コオロギと隔離コオロギを闘わせると隔離コオロギの方が圧倒的に強かった。中でも、透明なケースで隔離した(見えるけれど触れることができない)コオロギ(以下「インターネットコオロギ」)は、ひたすら攻撃し続け、最後には相手をバラバラにして食べてしまう異常な凶暴性を示した。

インターネットコオロギは性行動をしない

集団のオス同士は、にらみ合いや触角のぶつけ合い程度で派手なケンカはしない。一方が逃げると決着がつき、その後の攻撃は見られない。人の紳士的なケンカに似ている。一方、相手がメスの場合、オスはラブソングを奏でてメスを交尾に誘う。メスがラブソングに応じてオスの背に馬乗りになることで交尾が達成される。性行動の主導権を握っているのはメスなのである。オスの背中に乗っても途中で降りるメスも少なくない。頻繁にメスの交尾拒否を受けるオスもいるが、集団のオスは決してメスを攻撃しない。

ところがインターネットコオロギは、相手がメスであってもラブソングを奏でるどころか、オス同様相手を攻撃し続け、殺してしまう。哺乳類の攻撃性に関わる脳内ホルモンがコオロギでも見つかり、凶暴性を反映する結果が得られている。

社会復帰できるか

大人になるまで仲間との触れ合いを一切絶たれると、雌雄の区別がつかず、性行動もできなくなるのだろうか。そこで、インターネットコオロギを集団コオロギの中に入れてみた。最初のうちは出会った相手をひたすら攻撃し続けていたが、数日後には攻撃性も収まり、性行動も正常にできるようになっていた。隔離によって本能行動のプログラムが壊れたように見えたが実際は壊れておらず、隔離後の社会的な環境によって正常なコオロギに回復できるのである。

行動が正常に発達するためには生育時の触れ合いが大切ということが哺乳類で知られている。インターネットコオロギは、そのような行動発達のしくみが、脊椎・無脊椎を問わず動物共通に体の中に組み込まれていることを教えてくれているのではないだろうか。

執筆:長尾 隆司
絵:大坪 紀久子

上記は、Nextcom No.31の「情報伝達・解体新書 彼らの流儀はどうなっている?」からの抜粋です。

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Takashi Nagao 金沢工業大学 バイオ・化学部 応用バイオ学科 教授

1951年生まれ。大阪大学基礎工学部生物工学科卒業。
北海道大学理学部動物生理学講座教務職技官、北海道大学実験生物センター助教授などを経て、2000年より現職。
昆虫の本能行動や情動の神経行動学、神経生化学的研究に取り組む。

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