2022/09/14
投球練習を「IoTボール」で解析 ケガ防止と練習効率アップに活用する星稜中学校野球部を取材
KDDIの「アスリーテックラボ」は、センサー内蔵型IoTボールとスマホ1台でスポーツのコーチングやコンディション管理などを行うことができるシステムだ。
プロ野球の世界では、先端テクノロジーを活用したいわゆる「スポーツテック」の導入が進んでいる。多くのスタジアムに投球や打球の軌道を追尾し、回転数や速度、ピッチャーの配球などを記録するシステムが設置され、戦術の分析や選手のコンディション管理に一役買っている。
こうしたテクノロジーはプロのみならずアマチュア、とくに選手が成長過程にあり故障のリスクも高い学生スポーツにこそ必要なのだが、設備の高額さなど、導入のハードルは高い。
その点、「アスリーテックラボ」は、プロ野球で行われている投球の分析や記録に近いことが、センサー内蔵型IoTボールとスマホ1台で実現できるのだ。その手軽さから、全国の中学校・高校野球部でも実際に導入され始めている。
まずは、「アスリーテックラボ」について説明しよう。上がIoTボール「テクニカルピッチ」、下がスマホでピッチャーの投球内容が記録できる「アスリーテックラボ」のアプリとなる。
「テクニカルピッチ」は、「THE WHY HOW DO COMPANY」社が開発したIoTボールで、内部に9軸センサーが埋め込まれており、球速・回転数・球種・ボールの回転軸の向き、リリースポイントなどのデータを取得し、記録することができる。
「アスリーテックラボ」ではテクニカルピッチで取得したデータを見るだけでなく、ピッチャーが投げる様子をスマホで撮影することで、KDDI総合研究所が開発した「行動認識AI」が全身65カ所のキーポイント(骨格点)を抽出し、瞬時に投球フォームを解析できる。
今回は2021年4月から「アスリーテックラボ」を練習に取り入れている、石川県・星稜中学校野球部に取材。2021年に全国大会2冠を達成した彼らが、「アスリーテックラボ」をどのように活用しているのかを追った。
星稜中学校野球部での「アスリーテックラボ」活用法
星稜中学校・高等学校は石川県金沢市にある中高一貫の私立学校だ。スポーツにも力を入れ、国民栄誉賞に輝いた松井秀喜をはじめ、投手として活躍する岩下大輝(千葉ロッテマリーンズ)、奥川恭伸(東京ヤクルトスワローズ)ら、プロ野球選手も多数輩出している。
星稜中学校野球部は現在、総勢75人。これまでに全日本少年軟式野球大会をはじめとした全国大会で7回優勝しており、2021年には春季大会と夏季大会の連覇を達成している。
野球部の練習は校舎から1kmほど離れた専用のグラウンドで、平日は授業終了後の約2時間、週末は午前中の約3時間行われる。
ウォーミングアップとキャッチボールのあと、ノックとベースランニングを組み合わせた守備練習を行い、次いでバッティング練習。その後、投手陣はピッチング練習に移る。
そこで投手陣は普通のボールを「テクニカルピッチ」に替える。左が「テクニカルピッチ」、右が普通のボール。サイズも重さも同じ。ボール表面の模様だけがわずかに違うだけだ。
コーチがピッチャーの近くに立ち、スマホで「アスリーテックラボ」のアプリを起動する。
ピッチャーは通常通りに投球を行うだけだ。
コーチがピッチャーの投球フォームをスマホで撮影すれば、「アスリーテックラボ」からサーバーに映像が送られ、「行動認識AI」が全身65カ所のキーポイントを抽出。肩や腕、下半身の動きはもちろん、指先まで認識して画像化され、元の映像に重ね合わせてスマホのディスプレイに表示される。
どのようなフォームで投げているのかが骨格で表示されるので、過去のフォームと比較したり、フォームの崩れを確認してケガや疲労のリスク兆候を事前に知ることもできる。
また、「IoTボール」からは球種・球速・回転数・ボールの回転軸・回転の方向・腕の振りの強さなどのデータを取得。すべて履歴として記録される。
星陵中学校では、コーチは「アスリーテックラボ」を見ながら、気になる点があればすぐにピッチャーと投球データを共有してアドバイスをし、練習メニューの構成にも活用している。
野球部顧問の渥美泰樹先生は「データが見える化し、すぐに確認できることで効率的に練習に取り組めるようになった」という。
「たとえばチェンジアップを投げる場合、回転数を落とさないとボールは落ちてくれません。『アスリーテックラボ』はそれが数値として確認できるのがいいですね。“球速と回転数はこのぐらいまで落とすことを目指そうか”と目標を掲げたうえで、AIが解析してくれたフォームを照らし合わせて取り組むことができるので、非常に練習が効率的になります。
それから生徒たちは必死なので、ついつい投げ過ぎてしまうんですが、『アスリーテックラボ』では球数や球種もきちんと記録されるので、偏った球種の練習や投げすぎを防ぐこともできます」
投球練習をしていた道本 想さんと高橋弘季さんに、「アスリーテックラボ」を取り入れたことでどのような変化があったのかを聞いてみた。
「球種の習得が効率的にできるようになりました。チェンジアップの回転数を落とすためにはボールの握りを深くし、下半身の体重移動を意識したフォームで投げる必要があります。アドバイスはコーチから受けるのですが、実際にやってみると回転数が下がったことがちゃんと数値化されているので、練習の成果が目に見えて分かって納得度が非常に高いです」(道本さん)
「2年生の4月にヒジの手術をした後から、データを見ながら練習に取り組んでいます。球速が10km上がりましたが、エースの道本くんには球速も回転数も及んでいないので、彼の数値を目標にしてがんばっています」(高橋さん)
なぜ「アスリーテックラボ」を取り入れたのか
昨年までコーチとしてチームを支え、2022年に監督に就任した五田祐也先生は、「アスリーテックラボ」が中学スポーツならではの課題解決につながるという。
「中学スポーツでは学年による体格や体力の差が大きく、生徒によっては中1と中3ではほぼ小学生と高校生ほどの幅があります。だから子どもたちの体力の到達点やスタミナはきめ細やかに調べ、それぞれにあった練習を行っています。
『アスリーテックラボ』は、先代監督の田中辰治先生がKDDIさんから話を聞いて導入を決めました。ピッチャーにとって下半身の強化は重要なのですが、『アスリーテックラボ』の導入と、社会人野球でこのシステムを使っていた川口貴信ピッチングコーチの就任で、選手ごと個別に練習メニューを組むことができるようになりました。『きみは股関節を中心に鍛えよう』とか『ヒップファースト(投球方向にお尻から体重移動すること)を心がけよう』とか。
選手はそれを実践することで、自分のボールの回転数や球速が上がったことをデータで確認でき、AI解析でフォームがブレなくなったことを実感できるようになりました。
効果としては、選手は無駄な練習をする必要がなくなっため疲労が軽減し、故障を防げるようになりました。さらに、結果が目に見えることで練習のモチベーションも上がっています。今年に関していえば、投手陣の球速が平均5km/h以上増しています。
いま、星陵中学校野球部は『アスリーテックラボ』を有効活用して結果を出していますが、できれば多くの学校で使ってほしいですね。そうすることで中学野球界全体のレベルが上がりますし、それに負けないように我々ももっと強くなることができます」
KDDIはなぜ「アスリーテックラボ」を生み出したのか。
この「アスリーテックラボ」で、フォームを解析する「行動認識AI」を開発し、改良してきたKDDI総合研究所の田坂和之と徐建鋒に、開発の経緯を聞いた。
「行動認識AIに着手したのは2018年のことです。最初は、スマートスピーカー搭載のカメラを使って、室内で家事をする人の動きを認識してアドバイスをする、というようなものをイメージしていました。たとえば、洗濯物を干す動作を認識した時に『あと2時間で雨が降るから、部屋干しのほうがいいですよ』と伝えたり、家族で会話をしている様子を認識すれば、『週末にこんなイベントがありますよ』と話題を提供したり、といったものです。画像情報はサーバーに送られ、そこで行動認識AIエンジンが人の体のキーポイントを抽出して、なにをしているかを推論します。
これを社内向けの成果発表で見たKDDIの担当者から、トレーニングに応用したいという要望があったので、スマホで使えるようにし、さらにプロが実際に行ったスクワットやストレッチの動きをもとに、AIで抽出したその動きのキーポイントがどの程度合致しているかを判定できるような仕組みをつくりました。そのフォーム分析のシステムをラグビー、サッカー、クライミング、野球へと発展させていったんです」(田坂)
現在、行動認識AIは「アスリーテックラボ」でのフォーム解析を行うシステムや、ヨガのオンラインレッスンをサポートする機能として完成しており、バレーボールやゴルフのフォームの解析についてもサービス化しているのだが、実は通信技術の進化を見越して新たな研究がはじまっている。
「現在の行動認識AIは基本的に2次元の画像認識です。たとえば野球のピッチャーの場合、フォームの全体像を認識するには前からと横から両方撮影する必要があります。腕の出る角度は前から撮らないとわからないし、足の開きは横からじゃないと見られません。スクワットも真っ正面から撮ると、ただ人が上下しているだけで、膝の曲がる角度やお尻と床の位置関係がわかりません。
今スマホには深度センサーも搭載されていて、物体に対しての距離をある程度計測できるようになってきています。そこで、そういった新たな機能を活用して3次元データを取得することも考えています。5Gで2次元の世界ではひととおり完成していますが、これから先、6Gの環境では3次元の世界を認識するようなことも視野に入れ、私自身は3次元データをいかに圧縮してサーバーに送るかということに取り組んでいます」(徐)
そして、最後に田坂はスポーツに対する特別な思いを語った。
「私自身、学生時代に陸上競技で長距離を走っていて、膝の故障に見舞われたことがあるんです。その故障によって思う存分、競技に打ち込めなかったという悔しい気持ちがあります。だから今、高校野球でも球数制限などがありますが、とにかくオーバーワークやケガには気をつけてほしいんです。私たちが開発した行動認識AIを活用いただいて、大事に至る前に不調を見つけたり故障の予防に活用してもらいたいんです。
数値化するということは、目標が明確になり、上達した実感も得られるということ。するとスポーツをより楽しめると思うんです。そうして今よりも多くのみなさんがスポーツ面白いねと感じ、スポーツの楽しさが広がっていったら最高ですよね」(田坂)
KDDIは通信を活用して人々に寄り添い続ける
スポーツにおいて、選手の成長やケガ予防に貢献できるような、指先まで認識可能な精度の高い情報の送受信には、大容量・高速の通信が不可欠だ。KDDIは新たな技術と通信を活用し、さまざまな現場での課題を解決、日々をより素晴らしいものに変えていく。さらに通信のクオリティーを高め、まだ見ぬ新しいテクノロジーを開発することで人々の生活に寄り添っていく。
文:TIME&SPACE編集部
写真:西條 聡
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