2022/09/06

海中で通信できれば海の中で生活できる?「水中通信」の仕組みをKDDIの専門家が解説

ご存知のとおり、地球は総面積の約7割を海が占める惑星である。そして人類が新たな生活圏として水中を視野に入れた動きがもうはじまっている。下の図は、海の中で暮らす未来のイメージだ。

未来の海中生活のイメージ図 未来の海中生活のイメージ図 提供:ALANコンソーシアム

「ALAN*(エーラン)コンソーシアム」は水中ネットワークの研究・開発・社会実装を推進するために研究所や企業、大学の研究室などによって構成された団体で、KDDI総合研究所もメンバーの一員として参加している。
*ALAN=AQUA LOCAL AREA NETWORKの略

海の中を生活圏とするには通信ネットワークの整備が不可欠だ。しかし水中環境での通信は、陸上とはまったく異なる。水中においては陸上と同じようにスマホで使うような電波を飛ばして通信ネットワークを構築することはできないという問題がある。

この課題を解決するため、水中ではどのような方法で通信が行われているのか。「水中通信」の研究を行うKDDI総合研究所のスペシャリストに話を聞いた。

そもそも水中で電波は本当に通じないのか?

川田亮一と西谷明彦は、ともにKDDI総合研究所で水中通信の調査研究を進めている。二人が手がけてるのは、水中環境での「音響通信の活用」と「光を用いた無線通信」の領域である。

KDDI総合研究所の川田亮一と西谷明彦 左から、KDDI総合研究所の川田亮一と西谷明彦

――まず、そもそもなぜ水中では電波が使えないのですか?

西谷「電波は、水中での減衰(波が弱まっていくこと)が激しいんです。電波は文字どおり“波”のかたちで伝わり、周波数が高いほどその波が細かく、たくさんの情報をのせることができます。でも、それは気中(空気中)での話であって、水中では周波数が高いほど減衰してしまいます。

スマホの通信で使っている800MHzや1.5GHz、2GHzといった高い周波数の電波は、水中では数cmで消滅します。低い周波数なら水中でも多少は伝わりますが、たとえばAMラジオなどで用いられる1MHz前後の周波数でも、水中では1m先で3%弱しか残りません。」

――では、水中では電波による通信は行われていないのでしょうか?

西谷「潜水艦では超長波といわれる周波数の非常に低い電波で通信していることはありますが、送れるデータ容量が小さいので、用途は単純な文章や数字、暗号の通信に限られます。しかも送信するには潜水艦には搭載できない巨大アンテナが必要になるので、陸上から海中へ送信するだけの一方通行になります。

水中通信の手段として電波はほとんど使えないので、昔から「音響」を利用した通信が行われていて、最近は「光」を利用した通信が注目を浴びています。」

長距離でも超音波でやり取りできる「水中音響通信」

――水中での音響による通信は昔からよく使われてきたのですか?

川田「音波は電波と違って水中でも減衰しにくく、長距離でも通じやすいんです。たとえばJAMSTEC(国立研究開発法人 海洋研究開発機構)の深海探査艇「しんかい6500」は、数千mの深海に潜水しながら海上の母船と音響通信を行うことができます。

深海の探査艇から情報を音波として送り、それを海上の母船がハイドロフォンと呼ばれる集音装置で受信して、その音波を情報に変換するのです。」

――軍用の潜水艦が敵を探す「ソナー」や、漁船に装備されている「魚群探知機」なども音響通信になるのでしょうか?

川田「「ソナー」と「魚群探知機」は同じカテゴリーに入りますが、「音響通信」ではありません。そして、水中における音響の活用方法としては、もうひとつ「音響測位」という技術もあります。これらがどう違うのか、まとめて解説しましょう。」


●ソナー・魚群探知機(「そこになにかがある」ことを知る)

海中に超音波を発射して反射波を捕捉することで、周囲の地形や敵、魚の群れがいるか否かを調べることができる仕組み。特定の相手がいるわけではなく、周囲の状況を知るために使用する。

ソナー・魚群探知機

●音響測位(「相手の位置がどこか」を知る)

「ソナー・魚群探知機」とは異なり、特定の相手が存在するときに使用する。その相手が発する音波により、相手の位置を特定することができる。船の側にハイドロフォンなどの受波機を複数備え、対象物からの音波を受信する際の時間差などから測位する。

音響測位

●音響通信(送受信する音波に情報をのせる)

受信した音波そのものが情報となる「ソナー・魚群探知機」「音響測位」とは違って、特定の相手が存在し、かつ発する音波に情報を載せ、受けた音波から情報を取り出すことができる。

音響通信

――音響通信ではどのような情報をやり取りできるんですか?

西谷「海中を航行するロボットを海上からコントロールするような情報です。「直進せよ」「浮上せよ」といったコマンドを送ったり、逆にロボットのほうから海上にバッテリー残量を知らせたりするようなこともできます。2017年にKDDI総合研究所は、世界的な石油会社が主催する「Shell Ocean Discovery XPRIZE」というコンペティションに参加しましたが、この際、海中を航行するロボットと海上を航行するロボットとの間で音響通信を行いました。」


「Shell Ocean Discovery XPRIZE」の模様 2017年にKDDI総合研究所が参加した「Shell Ocean Discovery XPRIZE」。オレンジ色のマシーンが海中を航行するロボット。このロボットで海中の地形をマッピングし、その速さと精度を競うコンペティションだった

大容量の情報を光に乗せて送受信する「水中光無線通信」

――「水中光無線通信」というのは、音波と同じように光に情報を乗せて通信できるということですか?

西谷「そうです。一般的な「光通信」は、目に見えないほど早いスピードで明滅する光をデジタル信号化し、光ファイバーを通して情報のやりとりをします。これを無線化して水中で行うのが「水中光無線通信」です。大ぶりな懐中電灯のような装置を使って光を発射し、同様の装置で受光して通信を行います。これを光の届く範囲内で向き合わせることで、音響通信よりもはるかに大容量のデータをやり取りすることができるのです。その際には水中でもっとも減衰しにくい青色の光を使います。

水中光無線通信としては、2019年秋に青色LED光無線通信を使って、陸上から海中にあるスマホへLINEを送り、海中から陸上へライブ映像を送る実験にKDDI総合研究所は成功しています。」

水中光無線通信用のデバイス 水中光無線通信に使用するデバイス。円筒状の青い光源で送受信を行う
KDDIが行った青色LED光を使った水中での無線通信 KDDIが行った青色LED光を使った水中無線通信の実証実験の模様。陸上のPCから海中のダイバーのスマホに向けてLINEでメッセージを送った

――水中での光無線通信は、どのくらいの距離で、どのぐらいの容量のデータが送れるのですか?

西谷「私たちが実証実験用に作成した、iPhoneを使ったデバイスでは、5mの距離で95Mbpsの通信ができました。ALANコンソーシアムでは、レーザーを使って光が届く距離を広げ、100m先の相手と1Gbpsでの通信を成功しているメンバーもいます。」

――KDDIではレーザーは使わないんですか?

西谷「KDDIが目指しているのは、誰でも手軽に使える光無線通信なんです。レーザーは確かに光を遠くまで届けることができますが、光源を絞った出力が高い光ですので、目に入ると視力に悪影響を及ぼす可能性があります。青色LEDは出力も弱く人体への影響が少ない光源です。これを使って通信距離と速度を上げるのが私たちのテーマです。」

――水中通信において、今後は音響通信と光無線通信のどちらかが中心となっていくのでしょうか。

川田「「どちらが中心」ということはありません。音響も光も水中での通信手段としてはそれぞれに得意分野と苦手分野があります。用途や場所に応じてどのように組み合わせればスムーズな水中通信が実現できるかを想定して、“いいとこ取り"していけばよいと考えています。」

西谷「光無線通信は比較的容量の大きなデータを送ることができますが、距離があまり出ませんし、通信相手が持つ受光部に確実に光を当てる必要があり、この難易度も高いんです。一方、音響通信は遠くの相手とも容易に通信できますが、送受信できるデータ容量が小さいんです。KDDIとしてもそれぞれに力を入れて研究を進めていきます。」

水中通信における光無線通信と音響通信のメリットとデメリット

KDDIは今後どのように水中通信に力を入れていくのか

――水中通信において、KDDIの通信技術はどのように生かしていけるのでしょうか?

川田「KDDIはベースのひとつに国際通信があり、海底ケーブルの敷設やメンテナンスを長年行ってきました。30年以上前から海底ケーブルを保守するためのロボットを研究しており、とくに「音響測位」に関しての経験は世界レベルだと自負しています。

海中での作業や実験には、非常に特殊な技術や経験が必要とされるので、今後の水中通信の研究開発において大きなアドバンテージがあると思っています。」

西谷「そうした経験値を、私たちKDDI総合研究所が参画しているALANコンソーシアムでも求められています。ALANコンソーシアムにはデバイスメーカーや大学の研究室が多く参画しており、デバイスをつくる技術やコアな要素技術にはすばらしいものがあります。

それらを私たちがこれまで培ってきた海洋でのノウハウと組み合わせることで、水中通信のより具体的な実装につながっていくと考えています。事実、私たちが行った青色LEDでの水中通信の実証実験もALANコンソーシアムメンバーとの連携があってこそ実現したものです。」

――こういった水中通信技術は、どういった分野からの需要があるのでしょうか?

川田「水中の情報を知りたいという需要がとても高いですね。たとえば、昨年、KDDIでは「水空合体ドローン」という新たな技術を発表しました。飛行型ドローンと水中ドローンが一体化したもので、作業現場までは飛行して到達し、着水して分離、海中作業を水中ドローンで行うというシステムです。

KDDIが開発した水空合体ドローンのシステム 空中ドローンと水中ドローンが一体化した機体が現場に飛行し、着水後に分離。海上の空中ドローンとケーブルでつながれた水中ドローンが海中の映像をリアルタイムで陸上に送ることができる

川田「このとき水中ドローンが発する音波を飛行型ドローンがキャッチして、リアルタイムで水中ドローンの測位を行いました。ダイバーなどの測位も可能です。海中での作業者の位置を正確に把握することができれば、安全性を高めることにもつながります。」

西谷「海洋レジャーの分野でも安全面の観点でニーズは高まっていて、たとえばライフジャケットに音響測位/通信装置を備えておけば、事故の際でも位置を素早く特定できるようになりますよね。また、水中ドローンを無線でコントロールできるようになれば、沈没船の船内を探索するときなどケーブルの引っ掛かりがなく、ドローンの自由度と作業効率は格段にアップするはずです。」

海を新たな生活圏とするため通信技術で貢献する

――水中通信技術が実用化された先に、どのような未来を見据えていらっしゃいますか?

西谷「海と陸上での通信がシームレスになればいいなと考えています。たとえばスマホをそのまま海中に持ち込んでも光無線通信か音響通信に切り替わって使えるというようなイメージです。大げさな装置を介さなくてもそのまま使えるようになるのが理想ですね。」

川田「通信技術を使って水中を“見える化”することで、人類の陸上での生活の仕方も変わると思うんです。海がより身近な存在となって、さらにその先に新たな生活圏・経済圏となる。そのために通信は必要ですし、そうなったときに通信を活用することで新しいビジネスも生まれるでしょう。そんな未来を想像してワクワクしながら私たちも研究・開発を進めていきます。」

KDDIはこれまで培ってきた海洋での測位や地形調査、ケーブル敷設などの経験値と新たな通信技術を活用し、パートナーとともに水中をこれまでにない便利で安全な世界へと変えるべく活動している。人々の生活と思いをつなぐだけでなく、まだつながっていない未知の世界をも、新しい領域としてサポートしていく。

文:TIME&SPACE編集部

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