2022/05/06
誰もが健康に生きられる社会へ ネパールの医療課題の解決を目指す通信のチカラ
世界をあげて持続可能な開発目標であるSDGsに取り組むなか、KDDIグループの社会貢献活動の一翼を担うKDDI財団は、ICT(情報通信技術)を活用した支援活動を世界各地で進めている。
ネパールの地方部における医療提供体制の改善を目指すNPO法人ASHA(アーシャ)への支援もそのひとつ。ネパールの地方部が抱える医療課題はなにか。そしてそれをどう解決しようとしているのか。ASHAの取り組みを紹介しよう。
ネパールの地方部が抱える医療課題とは
ASHAが活動の拠点としているのは、ネパール南西部のラジプール。首都カトマンズから400km離れた農村地域で、住民たちは自然と共生した暮らしを送っている。地域内には電気、ガス、インターネットといった社会インフラが未整備なエリアも少なくない。
ここラジプールに限らず、ネパールの地方部では医療提供体制の脆弱さが大きな課題となっている。 ただでさえ医療人材や医療機関が不足しているうえ、未整備な道路も多く、最寄りの医療機関に出向くだけでも数時間かかることもある。カルテなど患者の情報は現在も紙での記録が主流で、診察後に患者が都度もらうカルテを持ち帰るが、再診時に忘れたり紛失したりしてゼロから診察するケースも少なくない。
さらに、医療機関同士が連携する仕組みも整備されていないことから、過去の診断結果や治療内容を把握できずに継続的な医療を行うことが難しいケースも多いほか、自治体には紙ベースの簡素な台帳の集計が連携・保管されるのみで、地域全体が医療的課題に対して改善する仕組みに乏しい。
また、「病気は悪魔の仕業」といった古くからの迷信を信じ、身体の不調を感じても医療機関での受診を選択しない人もいる。
ネパールは乳児死亡率や妊産婦死亡率が依然として高く、栄養失調による呼吸器系の疾患や生活習慣病が年々深刻化しているにもかかわらず、医療提供体制が脆弱な地方部の住民は適切な治療や診療を受けられない状況が続いてきた。
ICTを活用して医療課題の解決を図る
必要な医療を、必要な人へ。そのためにASHAはラジプールにおいて、ICTを活用した医療提供モデルの仕組みづくりを支援している。現在進めているのは主に次の3つ。医療そのものを提供するのではなく、地域の人たちが自力で医療を提供できる仕組みづくりを支援するのが、ASHAの活動の特徴だ。
1:健康状態を確認する問診アプリの提供
医療人材の不足を補うため、現地パートナーのNGOが「コミュニティヘルスワーカー」と呼ばれる地域の保健委員を雇用。ASHAが開発したスマホ用の問診アプリ「ASHA Connect」をその保健委員が活用することにより、遠方の医療機関に行かなくても日常の医療ケアが受けられる仕組みづくりを進めている。
保健委員であるコミュニティヘルスワーカーが妊娠中や出産後の女性、非感染性疾患の患者の自宅を訪れ、健康状態の確認やカウンセリングを行う。「ASHA Connect」の問診事項にしたがってデータを入力すれば、その患者が医療機関に行くべきかを提案したり、その患者が取得すべき簡単な医療知識を提示したりするほか、今後は患者が診断・治療に行く病院へのデータ送信もできる予定だという。
コミュニティヘルスワーカーにはスマホを配布したうえで、アプリの使い方のレクチャーを行っている。
2:医療機関向けの電子カルテの開発
患者の情報を記録する電子カルテ「Nepal EHR」の地域医療版を開発。これによって医療機関は患者の過去の診断や治療を把握できるようになり、継続的な医療の提供が可能となる。
3:共通データベースによる患者データの一元化
「ASHA Connect」で集めた情報と、「Nepal EHR」の電子カルテデータを共通データベースで統合するソフトウェアを開発。患者のデータが一元化されることで、地域の医療が連携しやすくなり、より継続的かつ効率的な医療が行えるほか、現状が見える化できるようになるため、自治体側が課題に基づいた施策を考える一助となる。
医療を提供する仕組みづくりを支援
ICTを活用してネパール地方部の医療課題の解決を図るASHAの取り組み。このプロジェクトにかける思いをASHAの主要メンバーに聞いた。
「大学在学中にアフリカのザンビアにある医師がいない無医村を訪れたのですが、僻地に暮らしているという理由だけで十分な医療を受けられない人たちがいる現実に強い悲しみや憤りを感じました。環境が違うことで医療格差が永続的に生み出されている状況を、すこしでも変えたい。生まれた場所が違うだけで苦しんだり亡くなったりする人を、ひとりでも減らしたい。そんな思いがASHAの活動の起点になっています。
新型コロナの影響でリモートでの活動が続いていましたが、今年の1月に2年ぶりにネパールのラジプールを訪れました。そこでわかったのは、私たちが開発したアプリや電子カルテが事前の想定以上にきちんと利用されていること。これまでの取り組みが実を結びつつあることを実感しました。
また、利用されているからこそ見えてきた課題も少なくありません。今後はUIやUXをブラッシュアップするなどして、より使いやすいものへとアップデートしていきたいと思います」(NPO法人ASHA 代表理事 任 喜史さん)
「私はネパールの高校を卒業後に大学進学のために来日し、日本の医師免許を取得しました。現在は病院に勤務しながら、並行してASHAの活動も進めています。自分が生まれ育った母国になにか恩返しをしたいと考えているからです。
健康に生きるための医療へのアクセスは、基本的人権のひとつ。そう私は捉えていますが、ネパールの地方部ではその権利を享受できずにいる人たちが少なくないのが実情です。高度な医療の導入は難しくても、基礎的な公衆衛生知識を持つ保健委員のような人が地域にいるだけで、健康状態の改善につながることはたくさんあります。テクノロジーやコミュニティの力を活用し、自分たちで簡単なケアを行えるようになれば、医療の質が底上げされ、地域の人たちの健康に貢献できるはず。その仕組みづくりをできるプロフェッショナルが揃っていることがASHAの強みであり、私としても非常に心強いです」(NPO法人ASHA 共同代表理事 サッキャ・サンディープさん)
「私は大学と大学院で保健医療を学んだのち、外資系医療機器メーカーで医療AIの研究開発に従事しながら、2020年の11月からASHAに参画しました。自分がこれまで学んできたことやキャリアを生かして、なにか社会の役に立てないかと考えたからです。自分を含め、世界中の誰もが、もっと健康に長生きできる世の中になってほしい。そんな思いが私の活動のベースになっています。
ASHAにおける私の役割は主にアプリやソフトウェアのシステム開発です。ラジプールをはじめとするネパールの地方部の医療環境は非常に厳しいものがありますが、私たちの活動が現地の人たちの医療アクセスの改善につながればと考えています。そして将来的には、ラジプールでの実績をひとつのモデルケースとして、ネパールの他の地域にも広げていきたいです」(NPO法人ASHA 事業推進局 峰松 優さん)
現地の人たちが自走できる支援を
KDDI財団にて途上国支援などの国際協力事業を担当する中山善博は、ASHAを支援する狙いを次のように語る。
「ネパールの地方部は、医療資源の不足のほか、教育格差の拡大、通信インフラの未整備など、さまざまな課題を抱えています。それらの解決に向けてKDDI財団は、現地の方々の声に寄り添いながら、長期的な視野で支援を続けてきました。
国際協力事業において必要なのは、一方的かつ一時的な援助ではなく、現地の方々が自力で課題を解決できる継続的な支援だと私たちは考えています。その点、“一時的な医療の提供ではなく、医療を提供する仕組みづくりを支援する”というASHAさんの考え方は素晴らしいと思いますし、私たちが支援をさせていただいているのも、その理念に共感するからこそです」(KDDI財団 国際協力部 中山善博)
医療資源の不足をはじめとする途上国が抱える課題は一朝一夕に解決できるものではなく、継続的な取り組みが必要となる。KDDIグループはこれからもICTのチカラを活用し、長期的な視野で持続可能な国際支援に取り組んでいく。
文:TIME&SPACE編集部
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