2021/08/13
住宅街をゆっくり走る「自動運転車」に体験乗車 新しい交通を支える通信のチカラとは
世界中で研究開発が進められている自動運転技術。愛知県春日井市は2021年6月21日から8月27日まで、同市内の高蔵寺ニュータウンの石尾台地区にて、名古屋大学やKDDI、KDDI総合研究所と共同で、地区内を低速で走る自動運転車「ゆっくりカート」のオンデマンド型住民送迎サービスの実証実験を行っている。実験は同地区内の公道で行われ、住民は買い物や通院など日常の移動手段として無料で利用可能だ。
「ゆっくりカート」はこの地区のどのような課題解決を目指したものなのだろうか?自動運転車は新しい日常の移動手段になり得るのか?実証実験の模様を現地で取材し、その背景や狙いについて各担当者に話を聞いた。
移動手段に不安を抱える高齢者のために
今回の自動運転車の実証実験が行われている愛知県春日井市の高蔵寺ニュータウンは、1968年に建設された大規模な住宅街であり、初期からの住民が一斉に高齢化を迎えている。また、丘陵地帯のため坂が多いことに加え、人口減少によりバスの運行本数が減少していることから、免許返納後の移動手段に不安を抱える住民も少なくない。
そこで春日井市は、名古屋大学やKDDI、KDDI総合研究所とともに、新しいモビリティサービスの導入によって、この住宅街の活性化を図る取り組みを進めてきた。今回の自動運転車の実証実験もその一環だ。
こちらが自動運転車「ゆっくりカート」。電動のラウンドカーをベースに、各種センサーやカメラを搭載するなど自動運転車としてのカスタマイズが施されたうえ、シートベルトも装着され、公道を走行可能な軽自動車として登録されている。
開発を手がけるのは名古屋大学COI(未来社会創造機構)の「ゆっくり自動運転グループ」。その名の通り時速20km未満でゆっくりと走行するカートにより、人や社会と協調する自動運転サービスの実現を目指している。
今回の実証実験における乗車予約の管理や配車調整、経路の設定といった運行管理システムは、KDDIとKDDI総合研究所が開発を担当。予約を受け付けるオペレーターと車両オペレーターの双方の負担軽減を目指し、複数予約の運行経路設定や相乗り調整を自動化した。これは自動運転車向けとしては国内初※の試みとなる。本システムにより、従来の時間枠管理の運行に対して、予約できない時間帯が減り、利用者の利便性向上につながっている。
※KDDI総合研究所調べ(2021年6月18日現在)
「ゆっくりカート」の乗り心地は?
高蔵寺ニュータウンで行われている自動運転車の実証実験にて、「ゆっくりカート」に体験乗車することができたので、その模様をレポートしよう。
「ゆっくりカート」を利用したい場合、まずは予約を入れる。受付窓口に電話をかけ、利用したい日時と人数、そして乗車場所と目的地を伝えればOK。口頭でのやり取りなので敷居は低く、高齢者にもやさしい。
予約した時間に乗車場所で待っていると、「ゆっくりカート」がやってきた。スピードは一般的な自動車に比べてかなりゆっくり。そして電動なので驚くほど静かだ。
「ゆっくりカート」に乗り込む筆者。乗客は後部座席に座る(今回は実証実験なので、運転席にはドライバーが、助手席には車両オペレーターが座る)。定員は2名。シートは思いのほか広々していて、ゆったりした乗り心地だ。
いざ、目的地に向けて出発。
車両オペレーターが座る助手席の上部にはスマホがあり、au 4G LTEを経由してクラウド上の運行管理サーバーに接続。予約をもとに登録された乗車場所と目的地、そしてそこに向かうルートが示される。
助手席のダッシュボードの上にはパソコンがあり、これが自動運転システムにおけるすべての操作を制御している。
側面から見た様子がこちら。ドアや窓がないため開放感がある。低速なうえに見た目もかわいく、町の風景にやさしく溶け込む。
前方に障害物がある場合はセンサーが検知し、運転手が回避を指示することで自動的に回避を行う。このときは走行中に路上駐車しているクルマがあり、それを避けるために自動でハンドルが切られた。また、走行経路付近などで歩行者が近くにいるときは、安全を確保するためにカートを一時停止する。その操作ももちろん自動だ。
今回の自動運転は無人ではなく有人によるもの。ドライバーはハンドルに両手を添えているが、運転に必要なハンドル操作やアクセル・ブレーキなどはすべて自動で行われている。
坂道を上っていく「ゆっくりカート」。乗車前に歩いた時にはすぐに息が切れてしまったほど結構な急勾配だが、スイスイ進む。低速とはいえなかなかパワフルだ。坂道を上る場面では特に「ゆっくりカート」のありがたみを体感することができた。
体験乗車は15分ほどで終了。筆者は自動運転車に乗るのは初めてだったが、乗車から降車まで実にスムーズで、乗り心地は静かで快適。ハンドルやアクセルが自動で操作される様子や、設定された経路にもとづき自動的に目的地へ向かう様子などを見て、自動運転技術はここまで進んでいるのかと驚かされた。
誰もが安心して暮らせる社会を目指して
日常の新しい移動手段として高蔵寺ニュータウンを走る「ゆっくりカート」。住民の方はどう捉えているのだろうか?実際に利用した住民に春日井市が実施したアンケートによると、「安心して乗ることができた」「思いのほか快適だった」など乗り心地の良さを評価する声が寄せられたほか、「地区内だけでなく、より広範囲に出かけられればさらに便利になりそう」などサービスの拡充を期待する意見もあった。
春日井市で都市政策を担当し、高蔵寺ニュータウンにおける「ゆっくりカート」のプロジェクトに携わる津田哲宏さんは、自動運転車という次世代モビリティサービスについて「あらゆる世代が安心・安全に暮らすための新しい移動手段になる可能性を秘めている」と期待を寄せる。
「高蔵寺ニュータウンは坂が多く、日常の移動にマイカーを利用される方が少なくありません。そのため、高齢者にとっては、将来的に運転が難しくなって免許を返納したあと、移動手段に困ることが想定されます。私たちが目指すのは、住民のみなさんがいくつになっても安心安全に暮らせること。そのために、自動運転車のような新しいモビリティサービスが役立つだろうと考え、さまざまな検証を行っているところです。
今回の実証実験では、運行経路の設定や相乗り調整が自動化されるなど、自動運転のさらなる実用化に向けて大きく前進しました。石尾台地区で社会実装が実現すれば、この事例を足がかりにして、市内の他の地域にも広げていきたいと考えています」(春日井市 津田さん)
経路設定を自動化し、運行を効率化
今回の運行管理システムにはどのような技術が用いられているのだろうか?システム開発を担当したKDDI総合研究所の大岸智彦に聞いた。
「これまでの自動運転システムは、オペレーターが手動で運行時間の計算や配車調整を行っていたため、運用に時間や手間がかかっていました。また、従来は同じ時間帯に1組のみしか受け付けできず、柔軟性に欠ける運用が課題となっていました。
今回の実証実験では、クラウド上の運行管理サーバーとゆっくりカートの自動運転システムが連携し、乗車予約の管理や経路設定、相乗り調整などを自動化することで、運行の効率化を図りました。
予約の電話を受けたオペレーターは乗車場所や降車場所、人数、相乗りの可否などを入力するだけなので負担を軽減できるうえ、ドアトゥドアでの運行も実現でき、より利用者の希望に沿った運用が可能になりました」(KDDI総合研究所 大岸智彦)
今回KDDI総合研究所が開発した運行管理システムを図式化したのがこちら。乗車予約や配車調整、経路設定といったすべての運行情報はクラウド上のサーバーで一元管理される。
「ゆっくりカート」の開発を手がける名古屋大学COIの赤木康宏さんと金森 亮さんは、今回の実証実験におけるKDDIとの取り組みについて次のように語る。
「自動運転車は複数のシステムがネットワークでつながり、相互に協調することで動作しています。そのためには安定した通信環境が欠かせません。将来的に無人遠隔操作の時代がやってくるとその重要性はさらに高まり、5Gによる高速・大容量な通信が不可欠になるでしょう。アプリやシステム開発の面ではもちろん、高品質な通信環境を確保するためにも、KDDIさんに期待する部分は大きいです」(名古屋大学COI 赤木さん)
「私たちにはこれまで積み重ねてきた自動運転の技術があり、KDDIさんにはICTの技術や通信インフラ、そしてアプリやシステム開発において積み重ねてこられた知見や実績があります。これからもお互いの持ち味を生かしながら、人や社会にやさしい自動運転サービスを実現していければと考えています」(名古屋大学COI 金森さん)
この実証実験で同時に運行している自動運転車両「ゆっくりミニバス」。こちらは定時定路線で運行し、予約不要で手軽に乗り降りできる。
さらなる実用化に向けて研究開発が進む自動運転車。「移動手段に困っている人を助けたい」「誰もが安心して暮らせる社会を実現したい」という思いは着実にかたちになりつつある。これからもKDDIは通信のチカラを活用し、自治体や関係機関と連携しながら、地域社会が抱える課題解決のための取り組みを続けていく。
文:TIME&SPACE編集部
撮影:稲田 平
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