2021/07/15

南極の通信を守る!ブリザードと戦う南極観測隊の仕事とは

日本から14,000km離れた「南極」に赴任中のKDDI社員による現地レポート。彼の南極でのミッションは「昭和基地の通信環境を守る」こと。現地での仕事の模様をお届けします!

第62次南極地域観測隊の阿部公樹

TIME&SPACE読者のみなさん、こんにちは!阿部公樹と申します。KDDIから国立極地研究所に出向し、第62次南極地域観測隊の一員として南極・昭和基地に来ています。

KDDIは、昭和基地内のネットワークや衛星通信回線を運用保守するために、毎年1名、南極に社員を派遣しています。私は約4カ月半にわたる国内での訓練や研修を経て、2020年11月に日本を経ち、12月に南極へやってきました。

南極へ向かうしらせ 南極に向かう南極観測船「しらせ」の船上から
南極・昭和基地 南極・昭和基地。この日はこどもの日で、正面に鯉のぼりが掲げられた

これまで私はKDDIの国内携帯電話ネットワークの運用保守や業務品質向上に、あわせて20年以上携わってきました。その後、KDDIが新たに進出したミャンマー国における通信事業に関わる仕事を4年余り経験しました。

そんな私がなぜ、南極観測隊を志望したのか?それは、「子どもたちにさまざまな職業への夢と科学への関心を持ってもらいたい」という思いからです。私は50歳を目前にして、「自分もこれからは社会になにか恩返しをしていかなければならない」と漠然と考えていました。

そのようななか、昭和基地では南極の自然や観測隊に関する映像を衛星回線で日本の小中高などの教育機関に中継していると聞き、通信インフラの運用保守という私がこれまでやってきた仕事の経験を生かせると思ったのです。

任務は「南極の通信」を守ること

南極における私の仕事をご紹介しましょう。昭和基地ではさまざまな観測データを国内のサーバに送ったり、学校や科学館などへ映像を配信したり、インターネットにアクセスして情報を得たりするために、24時間365日、衛星回線が利用されています。私の主な役割は、その衛星通信システムと基地内のネットワーク全般を維持管理することです。

昭和基地の衛星通信施設は基地主要部から徒歩10分ほどの距離の場所にあり、周囲は整地されていない岩盤であるため、車両で近づくことはできません。私は定期的にそこへ足を運び、機器の部品の交換、パラボラアンテナ可動部の保守や点検作業を行っています。

南極のインテルサット用レドーム 球状の建物は「レドーム」と呼ばれる衛星通信施設
第62次南極地域観測隊の阿部公樹 レドーム内部には直径7.6mのパラボナアンテナがある
第62次南極地域観測隊の阿部公樹 衛星通信システムの保守作業を行う阿部

昭和基地は管理棟、居住棟、発電棟、観測用の多数の建物から成っています。データの送受信やインターネットへのアクセスができるよう、ほとんどの建物にはLANが配線されています。その修理や変更工事も、他の隊員に協力してもらいながら私が行います。屋外でのケーブル敷設については、機械部門(電気担当)の隊員に相談し、作業を依頼する場合もあります。

ルータやスイッチングハブなどのネットワーク機器は機種ごとに予備品を管理しており、機器故障が発生したときは迅速に交換ができるようにしています。隊員からWi-Fiが弱いという声があがってきたときには、電波の強度を調査し、必要に応じてアクセスポイントの位置を調整したり、新たにアクセスポイントを設置したりします。

第62次南極地域観測隊の阿部公樹

基地周辺にはネットワークカメラが複数設置され、積雪やヘリポートの状況をリアルタイムで確認するのに用いられています。こうしたカメラの調子が悪くなったときは、原因を調査し、必要があれば予備のカメラと交換します。

日本の学校や提携科学館へ昭和基地からのライブ中継する、いわゆる「南極教室」の機器の操作や維持管理も私の仕事です。

南極教室
南極教室

数年前まではテレビ会議の開催や映像切り替え処理には高価な専用機器が必要でしたが、現在はインターネットを使ったオンライン会議サービスを利用し、南極からでも手軽に動画を配信できるようになりました。

以上が私の主な業務内容になりますが、ただ自分の仕事だけをこなしていればよいわけではありません。手が空いたときは他の隊員への作業支援を積極的に行っていますし、越冬物資の運搬などは隊員全員で協力して行います。

南極隊員による作業支援

猛吹雪=ブリザードとの戦い

南極では時折、日本では考えられないレベルの猛吹雪に見舞われることがあります。いわゆる「ブリザード」です。

南極のブリザード

ひとたびブリザードが吹くと視界がゼロになるため外出ができなくなり、過ぎ去ったあとは隊員総出で点検と除雪を行います。ブリザードは何日も続くことがあり、放っておいたら基地が雪に埋まりかねません。

ブリザードで降り積もった雪

この写真は、特に強烈なブリザードが過ぎ去った直後の昭和基地の様子。雪が山のように大量に積もっています。

ブリザードで降り積もった雪

こちらは屋外への出入り口に吹き溜まった雪。これだけ積もると、外に出るのもひと苦労です。

観測隊のなかには毎日、定刻に通信を行っている部門があります。その業務の時間帯には絶対に通信を止めてしまってはならず、慎重に計画を調整しながら保守作業を進めなければなりません。ブリザードは自然現象なので仕方のないことですが、南極での仕事のなかでもっとも苦労させられていることのひとつです。

大変なことも多い南極ですが、やりがいや楽しさを感じることも少なくありません。その代表的な例が、先述した「南極教室」です。日本の子どもたちが南極の映像や隊員の話によく反応してくれたとき、楽しんでもらえているという実感が湧きます。子どもたちに関心を持ってもらうことは、私が南極観測隊を志望した理由のひとつでもあり、とてもうれしく思います。

他の隊員のお仕事は?気象担当に聞いてみた

南極観測隊は小人数で昭和基地を維持管理しながら必要な観測を行うため、自分の仕事の枠を越えてお互いにサポートしあっています。基地には、業務として定常観測をしている人、研究データを集めている人、あるいは設営関係のさまざまな専門分野の人がいます。私も他の部門の仕事を手伝うことで、自分とはこれまで縁がなかった分野に触れることができ、刺激を受けています。

他の隊員はどういった動機で南極に来て、どんな仕事をしているのでしょうか?気象部門の新居見 励(にいみ・れい)さんに聞いてみました。

第62次南極越冬隊員の新居見励さん 新居見 励さん/大学で物理学を専攻。大学院で惑星科学の研究に携わる。宇宙関連の仕事を経験した後、気象庁に入庁。南極での観測に必要な業務経験を積み、第62次越冬隊員として参加

阿部:新居見さんの南極での仕事について教えてください。

新居見:地上や上空の気象観測、日射・放射観測、オゾン観測という定常観測を行いつつ、測器のメンテンスも行っています。要するに、大気や太陽の光をあれこれ測っているということです。

第62次南極越冬隊員の新居見 励さん オゾン観測を行う新居見さん

阿部:南極に来る前は、気象庁でどのような仕事をしていたのですか?

新居見:地方の気象台で観測をしたり、防災に関する仕事もしたりしていました。昭和基地で行っている観測業務と同じ業務を国内で経験しました。これまで勤務した職場には南極経験者が多く、南極に関することを学ぶ機会も多かったです。実は日本最東端の南鳥島にいたこともあるんですよ。

阿部:南鳥島ではどんな生活でしたか?

新居見:気象庁の関係者や海上自衛隊の方々と島の運営をしながら、気象の観測をしていました。休みの日は早朝に起きて、よく魚釣りに行きました。魚の習性を研究し、自分で仕掛けを作り、釣っては捌いて、刺身にしたり鮨を握ったりしていました。島は一年中暖かいので夏は暑いですが冬は快適でした。

阿部:面白い経験でしたね。では、南極地域観測隊を志望した動機を教えてください。

新居見:数年前、富士山測候所や鳥島(東京都)などの僻地での気象観測について本で知り、興味を持ちました。しかし、現在では気象観測の無人化が進んで、実際にそういった厳しい場所に身を置く機会が少なくなっています。南極観測はまだ無人化されていないため、私の憧れの、残された数少ない場所だからです。

阿部:南極ならではの苦労はありますか?

新居見:強風や寒さのなかで装置のメンテナンスをするのは大変です。寒さで装置がうまく動かないこともあります。

南極・昭和基地

阿部:気球を上げているのをよく見ますが、なにを測定しているのでしょうか?

新居見:1日2回、上空の風と気温と湿度を測っています。また週に約1回、上空のオゾン量を測ることもあります。測定結果はインテルサット衛星回線を通じて気象庁に送られ、全世界に配信されているんですよ。

第62次南極越冬隊員の新居見 励さん
第62次南極越冬隊員の新居見 励さん

阿部:とても重要な仕事ですね。ところで、昭和基地ではインテルサット衛星回線を使ってインターネットに常時接続しています。気象の業務ではインターネットをどのように活用しているのでしょうか?

新居見:測定結果の配信のほか、3時間に1回は地上の気象観測の結果も配信しています。そのほかには、オゾンや日射・放射などのデータも気象庁にアップリンクしています。また、昭和基地周辺の天気予報のデータを取得しています。天気の情報は南極地域で活動するうえで欠かせないものです。さらに、機器のメンテナンスや障害対応などで国内の担当者とやり取りするときもインターネットを利用しています。

阿部:仕事以外でもインターネットを使っていますか?

新居見:はい、家族と連絡を取ったり、調べ物をしたり、撮った写真をSNSにアップしたりしています。他国の南極基地の方とSNSを通じて交流したりもします。南極においてインターネットはとても大切なインフラです。これからも安定して使えるようにしていただきたいですね。

阿部:はい、担当者としてがんばります!今日はありがとうございました。

南極の景色

2020年12月から始まった南極生活も、残り約7カ月。自分の任務をきちんと遂行しながら、1日1日を大切に過ごしたいと思います。次は11月頃、こちらでの日々の暮らしや食事、オーロラやペンギンといった南極ならではの風景などをレポートしたいと思います。次回もお楽しみに!

文:阿部公樹
写真提供:国立極地研究所

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