2020/04/06

標高2,000mの雪山に電波を! 白馬のスポーツイベントへの雪中基地局建設工事に密着

長野県白馬村にある白馬八方尾根スキー場は外国人にも人気が高いスノーリゾートである。村の中心地には有名アウトドアブランドのショップがたち並び、おしゃれなカフェやバーなども点在する。

だが何より人気なのは、その良質なパウダースノーだ。圧雪されていない急な斜面では、新雪のなか、豪快な雪煙を上げながら、爽快な滑りを楽しむことができる。

そうした環境が評価され、2018年以降、白馬村はスキーとスノーボードの世界大会「Freeride World Tour」(以下、FWT)のアジア唯一の開催地となっている。大会名は「FWT Hakuba Japan 2020」。

FWT Hakuba Japan 2020の告知ボード

「FWT」は、ゲレンデ外の自然のままの地形を、スキーやスノボで自由に滑走して技を競い合う「フリースタイル」の世界最高峰の大会である。

KDDIは、この白馬での大会を通信の面からサポートした。会場は、ゲレンデから外れた携帯電話の通じにくい斜面だ。そこで、今大会ではドローンによる選手の自動追尾中継を行い、その画面において滑走データを可視化し表示。

そのために、白馬村の標高約2,000mの雪山に臨時基地局を設営することになった。

夏場のフェスや花火大会など、多数集客があるイベントでは、携帯電話がつながりにくくなることを防ぐため、臨時基地局を設営し対策することがある。だが、FWTのイベントでは滑走する選手のGPS情報を4G回線を利用して取得するため、通信品質を向上するという観点での臨時基地局の設営となった。

雪山での臨時基地局の設営には平地で行う場合とは違う、どんな課題が生まれ、どのように克服したのか。「TIME & SPACE」は、雪中での基地局設営作業に密着した。

基地局の設営工事が行われたのは白馬村はずれの山道

おしゃれなスノーリゾートで、今や「HAKUBA」として世界的に人気な白馬村だが、クルマで15分も走れば風景は一変する。南股入(みなみまたいり)という沢沿いに昭和初期から運用されている中部電力の二股発電所がある。ここが設営現場への“入口”となる。

白馬村での4G LTE化工事現場への入り口

設営するのは、可搬型基地局。

この沢に沿った中部電力の事業用道路を約2km登った先が、今回の現場である。普段から一般車の乗り入れは制限されているが、冬場は積雪のためクルマが入ることができない。

資機材の運搬時は、このクローラという車両を用いて運搬した。

白馬村での4G LTEエリア化工事現場に向かうスノーモービル

作業員は基本、往復約2時間の雪道を歩く。

白馬村での4G LTEエリア化工事現場に向かう作業員

なお、クローラも基地局設営現場に横付けできるわけではない。道中はほぼずっと細い山道で、下山の際にはUターンする必要があるのだが、そのための道幅が少し広くなった場所は、現場の数百メートル手前。だからいかに重い資機材も、そこまでしか運べないのだ。

白馬村での4G LTEエリア化工事現場への道中

そして、そこから現場までは「人力」。スキーやスノボを楽しむ人には「極上」な白馬のパウダースノーも作業員にはむしろ「難敵」。運んでいる箱の中身は約12kgのアンテナ×2基。

白馬村での4G LTE化工事現場への道中

一歩ごとに、足は「極上」でサラッサラのパウダースノーに埋もれてしまうのである。

白馬村での4G LTE化工事現場への道中のパウダースノー

「現場に行く」というだけでも、平地にはない課題があるのだ。そしてもちろん、克服すべきポイントはそれだけではなかった。

雪の山道に設置するからこその困難と工夫

あらためて基地局を設営した場所を確認しておこう。下のマップは、今回の設営現場とエリア化対象の場所を表したものだ。

白馬村での4G LTE化工事現場地図

画面左上の赤丸が今回の可搬型基地局の設営場所。そして楕円で囲ったA〜Dが「FWT」の競技が行われる“候補地”の斜面。

実際に競技が行われるのはこのなかの1カ所。というのも、「FWT」は複数の斜面を候補地として、大会期間中に雪のコンディションがもっともよい1カ所を選んで競技を行うからだ。大会日程についても、1週間の大会期間のうち、天候のコンディションがもっともよい1日を選んで競技のゴーサインが出る。事前に場所と日時を特定することができないので、どのコースになってもエリア化できるよう準備した。

電波は、沢を挟んだ反対側の山道から、山の斜面に向けて発射する。この図の位置からならば、A、B、Cの候補地は対策できる。Dで開催となった場合は、アンテナの指向方向を変更し対応することを検討していた。

とはいえ、ゲレンデではない自然の斜面を、しかも複数箇所同時のエリア化は“特別”だ。

そしてこちらが今回、白馬村に設営した可搬型基地局。

白馬村の4G LTEエリア化のための可搬型基地局

高さ2mほどのポールに据え付けられた、ひし形の3基のアンテナが狙っているのは、大会コースとなる斜面だ。大会当日、この斜面の頂上から選手たちは自由に自分なりのコースを描いて滑り降り、「トリック(技)」を披露する。

基地局から見た斜面はこの距離感。よく見ると、人がいるのがわかる。

白馬村での4G LTEエリア化する対象の斜面

大会前だが、一般のスキーヤーやスノーボーダーが滑りを楽しんでいるのだ。

白馬村での4G LTEエリア化する対象の斜面

「設営作業を開始したのは2019年の12月からです。その時点ではまだ雪で道が閉ざされていなかったので、重くて大きい資材をまず、クルマで現場まで運びました」

そう語るのは、設営を担う「ミライト」の池戸良平さん。さまざまな基地局の設営や保守を担当して15年のベテランである。

白馬村での4G LTE化工事の作業スタッフ 白馬村の4G LTE化工事を担当する池戸良平さん

「実際の工事を始めたのは、1月に入ってからでしたが、まず行ったのは遮光シートを張って屋根としたやぐらを組むところから。そこにアンテナとつなぐための無線機や予備の資材などを運び込みました。無線機が積雪し、外気温が低下すると、電源を入れてから起動するまで非常に時間がかかる可能性があるため、屋根は必須だったのです」(池戸さん)

白馬村の可搬型基地局設置工程
白馬村での4G LTE化工事の模様

無線機の運用に必要不可欠な光回線は、この山道沿いの電柱から引く。現場はゲレンデやスキー場のコースから離れた事業用道路だが、スキーヤーやスノーボーダーの滑走が絶えないため、光ケーブルは雪を掘って雪中に埋め、山の斜面に沿って基地局までつないだ。

白馬村の地中に埋めた光ケーブル 白馬村の地中に埋めた光ケーブル

基地局には回線のほかに、無線機を動かすための電気が必要だ。可搬型基地局に電力を供給する際、発電機で対応することも多いが、発電機には定期的に給油しなくてはならない。街なかならまだしも、雪道を1時間も歩く今回のような現場で、発電機は現実的ではない。

そこで、白馬村役場と中部電力のサポートで、基地局直近の電柱に仮設柱を建てて電線を引き込み、電力を供給した。電力線は、光回線と同じように雪に埋めて基地局までつなぐ。

白馬村の可搬型基地局設置のための電線

こちらが既存の電柱と仮設柱の位置関係だ。

白馬村の可搬型基地局設置のための電柱

街なかの場合、可搬型基地局に電力を供給する電柱はふんだんにある。遠くてもせいぜい十数m以内。だが雪山には電柱の数が少ない。今回の白馬では、基地局から最寄りの電柱までは約200mの距離があった

200mを電線でつなぐと電圧が下がり、基地局への電力の供給は不安定になる。

こうした課題を克服するため、仮設柱には電圧を上げるための「昇圧機」を併設。この昇圧機で受電電圧を一旦上げることで、基地局に到達するまでに損失される電圧を補い、電気の安定供給に成功した。

仮設柱に併設したボックス内に昇圧機が設営されている。ボックスは屋内仕様の昇圧機が積雪で濡れるのを防止するためのもの。内部に熱がこもらないよう、吸気口と排気ファンを取り付けたミライトのオリジナル品である。

白馬村の可搬型基地局設置のための昇圧機
白馬村の可搬型基地局設置のための昇圧機

山に向けて電波を届ける“通常と逆”の工夫

こちらが今回、3基設置した4G LTEアンテナのひとつ。

白馬村の可搬型基地局で山に向けて据えるアンテナ

アンテナ設営に関して、「山ならでは」の工夫が2つある。

①向き合った山道から斜面に向かって電波を発射
②背の低いポールに上向きにアンテナを設置

比較のために、一般的な4G LTEアンテナの設置方法を紹介すると……

平地に設置される通常の可搬型基地局のアンテナ

こちらは2019年夏、長野県諏訪市の花火大会の際の可搬型基地局。アンテナ本体は背の高いポールの先端に「下向き」に設置する。平地の場合、なるべく高い位置にアンテナを配置し下向きに電波を発射しエリア化する。

だが今回、白馬で電波対策したいのは急な山の斜面。しかも、木々や凹凸の残る自然のままの地形だ。同じ斜面の山頂から電波対策しようとすると、木々や地形が干渉してしまう。しかし、山の斜面に向き合った山道からであれば、対象となる複数箇所に同時に電波をくまなく送ることができる。

そして平地と違うのは、アンテナよりも上に電波を送るという点。通常の基地局でアンテナの角度を上向きに設置することがないため、アンテナ設置に利用する取付金具も、アンテナの角度を上向き設定するようにはつくられていない。

白馬村の可搬型基地局のアンテナ

そこで、「取付金具の上下を逆にしてアンテナに取付けることで、アンテナの角度を上向き設定できるようになることをKDDIに提案し実施したんです」(池戸さん)

キャリア15年にして、このようにアンテナを設置したのは初めての経験だったと笑う。

白馬村の可搬型基地局のアンテナ アンテナと支持柱を設置するための取付金具。上下逆に取付けられている

準備がすべて完了し、電波発射を行った瞬間、狭い雪の山道が、無事エリア圏内になった。

白馬村の可搬型基地局設置直後のスマホ画面

こうしてFWT大会のための基地局が完成した。

新たなチャレンジ実現のためのチャレンジとコラボ

工事そのものは2019年12月から行われたが、この可搬型基地局の立ち上げに関して最初に動き出したのは、実は2019年10月ごろ。中部および信越の電波対策を担当するKDDI 中日本TC 名古屋フィールドGの、野津真知子と高橋正光に今回の経緯と思いを聞いた。

KDDI 中日本TC 名古屋フィールドG・野津真知子 KDDI 中日本TC 名古屋フィールドG・野津真知子  

「今回の複数の会場候補地が決まったのは9月末ごろでした。複数の候補があり、どこの斜面となっても対策できる臨時基地局の設置場所を探すため、まだ秋真っただ中のころに、この山道をクルマで走りました。

電源供給方法、回線は有線か無線かなど、現地調査で基地局設営に必要な検討を行いました。設置場所については、白馬村役場様に同行いただいたことで、その場で相談しながら検討することができ、ベストな場所を非常にスムーズに決定することができました。今回のような場所の対策は、白馬村役場様、中部電力様、設営委託会社さんなどなどさまざまな方面からの協力があり、エリア化が達成できたと思っています」(野津)

FWTという特殊な大会への対策を実現したことは、非常に大きな経験になったと高橋はいう。

KDDI 中日本TC 名古屋フィールドG・高橋正光 KDDI 中日本TC 名古屋フィールドG・高橋正光

「大会日や会場となる斜面も決まっていない状況でのエリア化は困難でしたが、できる限りのことはやれたと思います。向き合った山道からFWT会場の斜面に電波発射するなど、今回は夏季のイベント対策では実施しないさまざまな対策を盛り込むことができました。

非常に地味な作業ではありますが、やぐらと遮光シートを利用した積雪対策や昇圧機の活用のほか、設営した機器が故障した際に利用する予備品をプラスチックケースに入れた状態で設営時から現場にストックするなど、効率の良い設営プランと保守手法を事前共有し、エリア対策への知見を深めることができました。すべて、地元・白馬村役場様・中部電力様・委託会社さんとの連携なくしては実現できなかったと思います」(高橋)

中日本TC 名古屋フィールドGの野津真知子、高橋正光 中日本TC 名古屋フィールドGの野津真知子、高橋正光

「FWT Hakuba Japan 2020」という大会で、KDDIはこれまでにない新しいスポーツ観戦体験を提供した。そしてその裏側で、新たなプロジェクト実現のための、やはりこれまでにない課題を克服するための、さまざまな工夫を伴う作業が実践されていた。

5Gをはじめとするテクノロジーの発展に伴い、今年もみなさんにまったく新しい通信体験を提供していくことになる。だが、そのひとつひとつを実現するための、こうした地道な現場での活動があってのことなのである。

写真:中田昌孝(STUH)

文:武田篤典

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