2020/01/03

海中のダイバーがLINEを使えた! 鍵を握るのは『青色LED光通信』

「お疲れ様です!」……海中5mのダイバーにLINEが届いた!

海中で防水パッケージに入ったiPhoneを手にしたダイバー

この見慣れないスマホ、特別製の完全防水ケースに収められたものだ。そしてここは、静岡県沼津市の内浦湾の海の中。画面奥にダイバーの姿が確認できるはずだ。スマホは、今ダイバーとともに海中にいる。

ディスプレイをアップにしてみよう。

水中のiPhoneに届いたLINE

かわいいスタンプと、「お疲れ様です」のメッセージが届いている。誰もが見慣れたLINEの画面なのだが、ここは海の中。

海中のスマホにLINEが届いた瞬間である。KDDI総合研究所が海中のスマホと無線通信を行った実験の1シーンなのだが、実はスマホ(をはじめとする携帯電話)は、海の中では通信できないのだ。

では今回それをどのように実現したのか。

海のなかでスマホを使った通信を行う実験

普段私たちのスマホを陸上でつないでいる「(高周波な)電波」は、水中に入った途端、数cmで減衰し、通じなくなる。そのかわりに現在、水中での通信の主流は「音波」。海底の地形を探査したり、海底ケーブルをメンテナンスする海中ロボットを制御するのにも使われている。音波は長距離通信できるが、その情報量は位置情報やロボットへの「動け」「止まれ」といった命令など極めて小さい。音声通話ですら、ままならない。

一方で、近年マリンレジャーが人気を集め、潜水士などの手による複雑な海底作業の機会も増している。できるなら、海中でも高速で無線通信を行いたい。だが、これは「音波」では難しい。

海中でも、陸上と同じようなレベルでの通信への期待が高まっているのである。

そこで今回、KDDI総合研究所が「青色LED光」による海中での通信実験を行った。電波や音波のかわりに青色LEDの「光」を使って通信する技術だ。速度や情報量は現行の携帯電話システムである4G LTEと遜色なく、この技術が海中でも実用化されれば、人類は海中を新たな生活圏として考えることができるようになる。

この実験で、陸上から海中へのLINEでのメッセージ送信と、海中から陸上に向けてスマホで撮った動画のライブ配信に成功。これらは共に世界初のことだ。

では、この青色LED光通信の仕組みはどうなっているのか。この技術が海中で普通に使える未来では、どんなことが可能になるのだろうか? KDDI総合研究所による実験の様子を取材してきた。

青色LED光通信とは?

青色LED光通信とは、文字どおり「光」を使った通信である。青色LEDは街なかのイルミネーションなどでも見ることがあるだろう。高周波な電波は水中で通じないが、青い光は比較的通じる。これは、私たちの目に見える光(可視光)に「水中でもあまり減衰しない」という特性があるためだ。とくに青い光の減衰は少ない。

光を使って通信する仕組みを説明する前に、今回の実験で使用した青色LED光通信の装置を見ていただこう。

海中での青色LED光通信の実験装置一式

画面中央の青い光を発している筒①②が、「青色LED光無線通信装置」(以下・光無線通信装置)だ。③が防水ケースに入れたスマホだ。

上の装置を、陸上と海中で次の図のようにセッティングして実験は行われた。

青色LED光通信の図解

陸上にあるPCと接続した(LANケーブルで直接でも、モバイルルーターを介したインターネット経由でも可)①は、発光部を海中に沈めて②に向けて青い光を照射する。②は①からの光を海中で受け、②からも光を①に向けて照射。こちらは海中で③のスマホとケーブルでつながれている。この①と②の筒を向き合わせ、青色LED光を照らし合わせることで、①と②の間で海中での無線通信ができるのである。

青色LED光通信の基本的な仕組みは、青い光が目に見えないスピードで明滅して「0/1」の信号を伝達しあう。青色LED光の受送信を確実に行うためには、筒同士を光の届く範囲内で向き合わせる必要がある。

世界初 海中でのスマホを使った光通信実験

「青色LED光無線通信技術を用いた海中のスマートフォンとの通信実験」は2019年秋、静岡県沼津市の内浦湾で行われた。

実験が行われた沼津市の施設

舞台となったのは、港から船で5分ほどの海上にある施設だ。内部の床はくり抜かれていて、下の画像のように直接海とつながっている。

実験施設の内部

今回の実験では、海中で青色LED光通信を用いて、次の2点を行った。

①陸上から海中へLINEを送る。
②海中から陸上へライブ映像を送る。

まずは実験本番前に機器を入念に調整し、防水処理も完璧に行う。2基の光無線通信装置をひとつのフレームにきちんと向き合わせた状態で固定して海中に沈め、間違いなく通信が行えるかを検証。

フレームに固定した2基の光通信機器

プロの潜水士のみなさんと実験の手順や注意点などを確認。

実験に先駆けたダイバーたちへのブリーフィング

余談になるが、このとき皆が興味を示したのは防水処理したスマホだった。

防水ケースに収まったiPhone

この防水ケースは、今回の実験のために制作されたもの。スマホ本体から伸びるケーブルのつなぎ目も完全防水され、水深40mの水圧にまで耐える設計になっている。なによりこだわったのは、赤丸で記した「海中でもスマホを操作できるボタン」。

ボタンはスマホのディスプレイとつながっており、電気を通す仕組みになっている。ディスプレイ側には導電性のシリコンが配され、ボタンをタップすると指先の微弱な電流が伝わって操作できる。通常のスマホと同じように扱えるわけだ。

そしていよいよ、スマホが海へ!

実験機器を手に潜水するダイバー

画面右の黒い筒が陸側の光無線通信装置。海上の施設にあるPCやモバイルルーターなどの機器とケーブルでつながっている。中央下の白いヘルメットのダイバーが先ほどの海中用スマホを手にし、これが中央のダイバーが持った光無線通信装置と有線でつながっている。左のダイバーは実験を記録する撮影担当者だ。

そして、海中へ!

陸上側と水中の光のやり取りの様子
陸上側と水中の光のやり取りの様子

海面を見上げながら、陸側の光無線通信装置と、手にした光無線通信装置の青い光がズレないように注意して少しずつ潜っていく。受光部と発光部の角度が24〜30°ズレると通信は途切れてしまうのだ。

陸側の装置の光を水中で受けるダイバー

発光部は固定されているが、ダイバーが持つ受光部は潜行するにつれて動く。2つの青い光が間近に向き合う水深0m……水中のスマホにLINEスタンプが届いた。光無線通信装置を手にしたダイバーは潜っていく。1m……またLINEスタンプが届く。そして「お疲れ様です」のメッセージ。「2メートルお願いします」。さらに潜る。「通信良好です。2.5(メートル)でお願いします」

海上のスタッフからのLINEメッセージが次々とスマホに表示される。

海中でLINEを受信したiPhone

「3mでお願いします」「4mお願いします」と、海上からの指示に従ってダイバーは少しずつ深く潜り、陸側と海中の光無線通信装置の距離も広がっていく。

水中から見た陸上からの光

海中から、陸側の光はこのように見える。

海中でLINEを受信したiPhone

結果、ダイバーは水深5mまで潜って通信することができた。

今回の実験では、LINEメッセージを送ったのは陸上側からのみだったが、海中からの送信ももちろん可能。ただ防水ケースの仕様上、今回は文章の入力ができなかったのである。そのかわり、海中からは高精細な映像をリアルタイムに陸上へ送ることに成功。

海中でスマホで撮影した映像を、生中継できる遠隔作業支援システム「VistaFinder Mx」を使って陸上に中継したのだ。

こちらが海上に届いた海中からのスマホによる生中継の様子だ。

実用化に向けて盛り上がる海中の青色LED光通信

海の中でも陸上にいるのと変わらずにスマホが使えるようになれば、将来的には一体どんなことが可能になるのか。青色LED光通信を推進する背景にはどんな狙いがあるのか。今回の実験の狙いと、今後目指すところをKDDI総合研究所の西谷明彦に聞いた。

実は西谷自身は、音波を使って水中で通信を行う、いくつかのプロジェクトに関わってきた。

KDDI総合研究所 西谷明彦 KDDI総合研究所 西谷明彦

「実は今、海中レジャーのシーンが非常に盛り上がっています。ダイビング機材の軽量・簡素化が進んで、海外のクルーズ船などでは、大きな透明の球体に入って服を着たまま海中散歩ができるような新しいアクティビティも出てきており、海中でも普通に携帯電話が使えたほうがいい、という需要が高まっているんです。また、陸上で無線LANを使って映像を見ながらドローンを遠隔操作する、といったようなことが海中でもできることが望まれています」

そんななか、海中環境をひとつの「Local Area Network(LAN)」と位置づけ、通信を整備し、そこに新たな生活圏や市場をつくりだそうという産官学協働のコンソーシアム「ALAN(エーラン:AQUA Local Area Network)」が2018年に発足。KDDI総合研究所は通信キャリアとして参画し、西谷は通信を専門とする民間企業としてできることを構想しているのだ。

「太陽光は 赤・橙・黄・緑・青・藍・紫の7色。これらがまざりあって白っぽく見えるのですが、海に飛び込んだとき、青い光が海に吸収されることなく、もっとも深く長い距離を進むんです。吸収されない青い光は海中で反射して人の目に入る。海が青く見えるのも、だからなんです」

つまり、青色の光が水に吸収されずにもっとも遠くまで届くのだ。

「今回の実験で私たちがこだわったのは、“消費者目線”。水中で光を使って通信するという素晴らしい技術を、どう活用すれば一般的に実際に役に立つのか、というところをいちばんに考えています」

防水仕様のiPhone

そして、ユーザーに馴染みのあるスマホとLINEを使って身近な海中とメッセージ通信をするという実験の実施につながった。

「実は海中での光通信は、すでに専門家のあいだではよく知られていて、大規模な設備を使った検証は進んでいました。しかし、一般の認知度は決して高くありません。みなさんが気になるのは『じゃあ、海のなかでスマホ使えるの?』『海の中からSNS送れるの?』といったことだと思うのです。そうしたニーズに応じて、環境をきちんと整備していこうと考えています。」

もちろん、海中で手軽に通信できるようになれば、レジャーだけでなく海にまつわる仕事や作業などの現場でも有用だ。

陸上のPCに届いた海中の映像

「リアルタイムで陸上と海中で映像や音声を介したコミュニケーションができると、効率も安全性もグンと上がります。海中での高速通信を実現することで、そこに新しいマーケットが生まれて発展することも視野に入れています」

今回の実験で、青色LEDによる光通信が実現できたのは海面から水深5mまで。西谷は10年後を目処に、身近な海域でも水深20mでの光通信を目指しているという。この深度での高速通信が可能になれば「活用の幅がグッと広がる」と言う。

「レジャーとしてのスキューバダイビングでも、だいたい水深20m未満の海域で楽しんでいることが多く、一般のみなさんのマリンアクティビティに関してはほぼカバーできます。船底や橋桁の作業から、漁業の生簀の管理などについても、特殊なものでなければ水深20m以内でかなり対応できます」

海中で高速通信が可能になれば、こんな世界になる!?

水深20mで青色LED光通信ができるようになると、海中でも陸上と同じレベルでコミュニケーションができるようになる。陸上と海中だけでなく、海中同士でも通話やSNSが可能になるだろう。

そんな未来の、通信にまつわる人類と海とのワクワクする世界を想像してみた。

①誰もが気軽に美しい海中の様子をライブ中継

ボートの底から青色LED光通信で海中から中継

ボートの船底に青色LED光スポットが設置。海中の美しい風景をSNSにアップするのはもちろん、YouTube Liveでの配信も当たり前に。通信が海中アクティビティへのハードルを下げるとともに、ダイビング機材も飛躍的に軽量簡略化。誰もが海中のアクティビティを楽しめる時代になる。

②水中作業も安全・確実・効率的に!

360°カメラで届く海中作業日常から指示を出す

潜水士が身につけた360°カメラからの映像がリアルタイムに届き、陸上からは修繕や工事の具体的な指示が届く。潜水士が気づかない破損箇所を発見して伝えたり、詳細なマニュアルを海中のスマホに送信し、具体的な作業プランを共有することもできる。 危険を伴っていた海中での作業が劇的に「安全に」「正確に」「効率的に」行えるようになる。

③水陸両用の自動運転車で海中散歩?

陸上でも海中でもシームレスに自動運転

地図や位置情報など、大容量のデータをクラウドと遅延なく通信することが必須な自動運転。海面のブイや海中のあらゆる場所に設置された青色LED光Wi-Fiステーションとの通信によって、陸上から海中まで完全自動で快適なドライブが可能になる。レジャーのみならず、ドローンによる海中輸送から遭難者救助まで幅広い活躍が期待される。なお、青色LED光Wi-Fiステーションはドローンでの代替可能。必要に応じて世界中の海域に派遣し、配備すればよいのだ。

10年後のリアルな実現を目指して

西谷のビジョンは空想ではない。

「KDDI総合研究所だけでは実現し得ないので、今後はALANとも協働して技術開発を推進していきます。また、海の高速ネットワークは、技術開発だけで構築していけるものではありません。海洋レジャーや漁業関係のみなさんとコミュニケーションを取りながら、協力体制を作り上げていくことが大切です。青色LED光通信は海中にWi-Fiスポットを構築することが必須になってきます。生簀やブイ、ボートの船底、ドローンなど、広範囲に設置することでより多くのみなさんに、海中でもシームレスにスマホを扱ってもらえるようになると考えています」

これまでKDDIが活用してきた音波による音響通信も継続利用しつつ、青色LED光通信ネットワークを構築していく。この技術が実現したら、人の活躍の場は海中にまで広がっていくだろう。マリンアクティビティにとどまらず、経済圏、もしかしたら生活圏まで広がる可能性はある。KDDIは、そんな世界を目指しているのだ。

文:武田篤典
イラスト:友田威

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