2019/07/08
「避難して!」高齢者には家族から呼びかけを SMSを活用した災害への取組み
登録したエリアの災害・避難情報が届く新サービス
自分がいる場所とは離れた地域が豪雨や洪水などに見舞われた時にも、自分の携帯電話に災害状況や避難情報がSMS(ショートメッセージサービス)で届く「登録エリア災害・避難情報メール」をKDDIがスタートさせた。
なぜ、自分がいない地域の情報を受け取る必要があるのか?
そこが「離れて暮らす家族や友人のいる地域」だからである。親・兄弟や親戚、親友など、気になる人の住む地域をあらかじめ登録しておけば、その地域に災害が発生して避難の必要が生じた場合、自治体からの「災害・避難情報」が自分の携帯電話にSMSで届くのである。あなたは心配な相手に直接連絡し、「避難して!」と呼びかけることができる。
これが、KDDIの情報配信サービス「登録エリア災害・避難情報メール」。
今年、国交省が参加を募った「逃げなきゃコール」という取り組みに応えるかたちでスタートした。「逃げなきゃコール」は、離れた場所に暮らす高齢者などが災害にあわないように、家族が直接電話で避難を呼びかけよう、というもの。
この取り組みの背景には、多数の死者・行方不明者と家屋損壊など、甚大な被害をもたらした「平成30年7月豪雨」があった。
平成最悪の豪雨被害で被災したのは誰か?
2018年(平成30年)7月、西日本を中心とした広い範囲が記録的豪雨に見舞われ、中国・四国地方などで河川の氾濫や土砂災害が相次いだ。平成最悪といわれる豪雨災害である。
国土交通省のまとめによると、このときに被災した人の多くが「避難しなかった高齢者」だった。自治体から避難指示や避難勧告が発令されても、自分の経験値から「大丈夫」と判断して避難せず、気付いたときには手遅れだったというケースが多数見られたという。もちろん、身体的な問題で行動に移せない人もいる。いずれにせよ、「災害が発生し避難の必要があると伝えても、行動に移さない/移せないことがある」という課題が、この大規模水害で浮き彫りになったのだ。
この災害がきっかけとなり、昨年10月に国土交通省の呼びかけで「住民自らの行動に結びつく水害・土砂災害ハザード・リスク情報共有プロジェクト」が発足。NHKや民放連、エフエム東京、全国地方新聞社連合会などのマスメディアから、通信事業者3社、LINE、Twitter Japan、Google、Yahoo!などのネットメディア、新潟県見附市、常総市防災士連絡協議会などの自治体関連、そして国土交通省 水管理・国土保全局、道路局、気象庁などが参加し、「よりリアリティのある災害情報を、個々の住民にどのように届けるか?」「住民が行動するきっかけを与える情報はどのようなものがよいか?」「住民に直接伝えるチャンネルとなる多様なメディアと国とが連携した新たな取り組みとしてなにができるか?」が話し合われた。
逃げ遅れゼロ。独自の通信システムで水害を乗り切った地域コミュニティがあった
ここで、茨城県常総市の根新田(ねしんでん)地区の取り組みを紹介したい。同地区は2015年(平成27年)9月、鬼怒川・小貝川があふれ、常総市内でも数千の家屋が浸水した「平成27年9月関東・東北豪雨」で、大規模な水害に見舞われた。しかし、通信システムと直接的な呼びかけを組み合わせることで、根新田地区の102世帯は大幅に逃げ遅れをなくし、人的被害を出さず円滑に避難を完了したのだ。
このときに避難指示を出し続けたのが、町内会の事務局長で、常総市防災士連絡協議会事務局長も務める須賀英雄さんだった。
「豪雨のときは防災無線が聞き取りにくい状況で、水があふれてからは地域を回って情報を伝えることもできなかったんです」(須賀さん)
そんな状況で役に立ったのが、根新田町内会独自の「ねしんでんほっとメール」という、SMS一斉送信システムだった。運用開始は2014年10月。町内会に所属する全世帯の携帯電話番号を登録し、地域の行事開催の有無や防犯情報、災害情報などをSMSで住民たちと一斉に共有することができる。また、SMSなら携帯電話でもスマホでも受け取ることができる。
「町内会で一斉送信しているSMSは70文字なので、詳細な情報を伝えることはできないのですが、災害のレベルや危険性に気付いてもらえるきっかけとしては強い。SMSではなくLINEやTwitterのほうがいいことは間違いありませんが、それではスマホを持っていない住民や高齢者は排除されてしまいます。緊急性の高い情報を伝達する際にもっとも重視しなければならないのは、情報弱者です。いちばん伝わりにくいところを想定して、そこへの伝え方から考えていくという点を基本に考えています」
水害が発生したのは2015年9月。それまで「ねしんでんほっとメール」は、地域の催事や不審者の目撃情報などを伝達するために使われていた。
「完全に地域の日常的な情報伝達手段として定着していました。だからこそ、災害時にも使えたんです。送信側は普段から使い慣れていて、受信側にしても馴染みのあるメール。個人的に感じていたことですが、テレビのニュースで災害を伝えられても、ちょっと“遠くで起きていること”のように思ってしまっていました。なんとなく、“自分とは関係ないな”と判断してしまう。そういった点でも、『ねしんでんほっとメール』は自分ごととして捉えられる馴染み深さがよかったのかもしれません」
実際に、水害時に送信された「ねしんでんほっとメール」の画像がこちら。2015年9月10日、堤防決壊する前の午前6時すぎから水位の上昇をSMSで知らせ始める。そして午後1時ごろ、堤防が決壊してからは町内会長と相談し、文面を電話でやりとりしながら送信。
その後、町内会長の携帯電話が水没して以降は、自らの判断で須賀さんがSMSを送り続けた。堤防決壊の当日だけでなく、炊き出しや物資配布の情報など、水害に関連して送られたSMSは2週間で50通にのぼったそう。
地域には「ねしんでんほっとメール」すら受け取ることができない、携帯電話を持たない高齢者もいたが、あらかじめ町内会で担当者を決め、その人に直接声をかけるという手段を決めてあった。
「直接の声かけは、避難に踏み切るための究極のトリガーだと思います。ご近所さんからの声かけはもちろんですが、遠くに暮らしている息子や娘からの『お父さん、お母さん、大丈夫? ちゃんと逃げて!』という言葉には、とても強い説得力があるはずです。
国交省の会合に呼ばれたときも私はずっとそういう話をしてきたので、今回『登録エリア・災害避難情報メール』ができたと聞いたときは思わず喜びの声をあげたくらいです。私の地域ではもうすでにできていることですが、これが全国に広がって、ちゃんと避難する人が増えることにつながることを願っています」
「ねしんでんほっとメール」で、災害時の避難において通信が重要な役割を果たすことを証明した須賀さんは、KDDIの新たな取り組みに期待を寄せてくれた。
いかにして、「登録エリア災害・避難情報メール」は生まれたか
根新田の例を見ると、災害発生時、住民一人ひとりに避難するように直接連絡することが有効だということがよくわかった。ご近所さんが声をかけて一緒に避難できるのは小さなコミュニティならではだが、この考え方を取り入れたのが、国交省の推進する「逃げなきゃコール」であり、それをサービス化したKDDIの「登録エリア災害・避難情報メール」だといえる。
では、あらためて「登録エリア災害・避難情報メール」の内容を説明しよう。
「災害・避難情報」は、国や地方公共団体が、地震や台風などの自然災害に対する警戒情報や、それに伴う避難勧告や避難指示など、住民の安全にかかわる情報を配信対象エリアにある携帯電話に一斉送信するもの。つまり本来、受信できるのは自分がいるエリアに発令されたときだけ。だが、この新しいサービスでは、自分がいないエリアの「災害・避難情報」を受け取ることができるのだ。
事前にWebページ上でau携帯電話番号と配信を希望する地域を登録しておけば、対象地域に「災害・避難情報」が配信された際、SMSで情報を受け取ることが可能になる。登録できる地域は最大5件までで、auの携帯電話で利用できる。
なお、「災害・避難情報」とは「緊急速報メール」のひとつで、各地方自治体から発信される、大雨による河川氾濫などの災害に関する情報や避難勧告、避難指示などの情報だ。
以下の手順で、登録エリアの災害・避難状況を確認することができる。
①登録した地域に「災害・避難情報」が配信されるとSMSが届くので、本文中のURLをクリックする。
②表示された地域名から登録した地域名をクリックし、さらに表示される日付をクリックする。
③その時点での災害・避難情報が表示される。
開発に携わったKDDI商品企画本部 サービス企画部 CXサービスグループの東海林新は「とにかく簡単さを追求した」と言う。
「このサービスをつくる際にまず想定したのが、高齢者の親を持つ50〜60歳代のみなさんです。離れて暮らす親御さんに『逃げて!』と確実に伝えてもらうことを第一の目的として設定しました。所有している端末や携帯電話のリテラシーによらず使えるようにしたかったんです。そのため、フィーチャーフォンでも使っていただくことを想定して、アプリをダウンロードすることなくWebで登録できる仕様にしています。また、登録の際にもIDやパスワードの設定もなく、必要なのは自分の携帯電話番号だけ。災害発生時は情報がSMSで送られてくるので、特別なアプリは不要です」
このサービスで受け取れる情報は、国や地方公共団体が発信する「災害・避難情報」そのもの。豪雨や水害が発生している地域で発信される被害状況や避難勧告・避難指示である。
「つまり、それさえわかっていれば、現地の親御さんが本当に逃げるべきかどうかを、子供の側ではピンポイントで判断することができるんです」
国交省が推奨する「逃げなきゃコール」というプロジェクトに対応して、通信事業者のなかではKDDIだけがサービス提供にこぎつけたのも、このシンプルなシステムによるところが大きい。
「auでは元々、任意の地域の緊急速報メールの配信状況を確認する仕組みを『au災害対策アプリ』の一機能として入れていたため、その仕組みを利用してweb上で確認が出来る様にしたことで、数か月という短い期間でサービスが開発できました」
アプリ経由で提供していた全国「緊急速報メール」一覧ページが、今回の「登録エリア災害・避難情報メール」サービスにより、また新しい価値を持つことになったのである。
災害発生と避難指示に関して通信ができること
東海林は、昨年10月、国交省の「住民自らの行動に結びつく水害・土砂災害ハザード・リスク情報共有プロジェクト」に参加。初めて放送局や自治体の防災に携わる人々と接し、大きな刺激を受けたという。
「災害時には、自治体もメディアも強い意志と覚悟を持って避難を呼びかけています。緊急速報メールも、津波の接近が確認されたときにテレビの画面に表示される“逃げて!”という表示も、まさに命がけで状況を判断して、確固たる覚悟を持って情報発信しています。KDDIも緊急速報メールや災害伝言板は準備しているものの、私自身にはそこまでの覚悟がなかったことを痛感しました。もっとやれることはあるはずだと思い、形にすることができたのが、今回の『登録エリア災害・避難情報メール』です」
東海林は今、KDDIの防災担当窓口として自治体と向き合っており、今後も自治体と連係した災害系サービスのアップデートを予定している。
「今、私たちがこのサービスで提供しようとしているのは “気づき”です。なかなか避難しない高齢者の方々に、その子ども世代経由で災害の危険性を伝え、とにかく逃げて身を守ってほしい。そのため現状では極めてシンプルなサービスになっています。将来的には“気づき”だけでなく、より具体的な行動につながる情報の伝達を担うことができればと考えています。ただその際も、特別なアプリに頼ることなく、標準的な機能をうまく活用していければいいなと思っています。SMS同様に、電話番号だけで写真や動画も送ることのできる「+メッセージ」も有効に使えるのではないか、と検討しているところです」
東海林は、「通信事業者が提供できるのは技術的なサービスだけではない」という。
「『逃げて!』と電話するように促す『登録エリア災害・避難情報メール』は、現地の親を避難させる強力なきっかけになりますが、それと同時に、肉声を聞くことでお互いに安心することができると思うんです。今回の防災プロジェクトに関わることで、改めて通信とは人と人とのコミュニケーションであると強く思うようになりました。また、そういったサービスを通信は生み出していけると思っています」
通信ができることはなにか? 災害時や非常時には命を守るライフラインのひとつとして携帯電話やスマホが担うべき役割はますます大きくなるだろう。いつ訪れるかもしれない“そのとき”のために、KDDIの取り組みは続いていく。
文:武田篤典
※掲載されたKDDIの商品・サービスに関する情報は、掲載日現在のものです。商品・サービスの料金、サービスの内容・仕様などの情報は予告なしに変更されることがありますので、あらかじめご了承ください。