2019/04/23

基地局は人工衛星! 世界でつながる『イリジウム携帯』が活躍する意外なシーンとは

人工衛星を活用した通信サービス

「イリジウム」という携帯電話をご存じだろうか? 言葉自体は聞いたことがあるものの、どういうものか詳しくはよくわからない、という人も多いだろう。

イリジウムとは、衛星電話サービスの1つ。地上の基地局の電波を利用する一般的な携帯電話と異なり、地球を周回する人工衛星を介して通信を行う。

イリジウム Extreme

これがイリジウムの端末。スマホ全盛のいま、マッチョで武骨なフォルムが逆に新鮮に見える。異常に太いアンテナは、はるか上空をまわる衛星と直接通信を行うためのものだ。

もともとイリジウムは1998年にアメリカで始まった衛星電話サービス。日本では、KDDIが2005年からサービスを提供してきた。当時はまだ一般の携帯電話の電波が届きづらいエリアも多く、「いつでもどこでも携帯電話を使いたい」と考える人たちに利用されてきた。ただ、一般にはあまり馴染みがなく、普段の仕事や日常生活で利用者を見ることはまずない。現在は誰がどういった目的で使っているのだろうか? また、そもそも衛星通信とはどういったものなのか? 日本でイリジウムサービスを展開するKDDIの担当者に話を聞いた。
※DDI(現KDDI)の子会社である日本イリジウム社が1998年に開始し、一時中断を挟んで、2005年からKDDIにてサービスを再開。

KDDI ソリューション営業本部 メディア営業部 MSATサービス企画G 山根弘之 KDDI ソリューション営業本部 メディア営業部 MSATサービス企画G グループリーダー 山根弘之

カバーエリアは「地球上すべて」

――まずはイリジウムのサービス概要を教えていただけますか。

山根「「KDDIはかねてから、衛星を活用した通信サービスに力を入れてきました。イリジウムもその1つです。

山口県山口市にあるKDDI山口衛星通信所 山口県山口市にあるKDDI山口衛星通信所。1969年の開設以来、日本の衛星通信の発展に寄与してきた。インマルサットの初期のサービスはこの衛星通信所を通じて提供されてきたが、現在は一部設備のみ利用されている(写真提供:KDDI)

通信用の衛星には、大きく分けて2つのタイプがあります。

1つ目は、一般的に利用されている『静止衛星』。これは赤道上空の高度約36,000kmの円軌道を、地球の自転速度とほぼ同じ速さで動いています。この静止衛星を活用した通信サービスとして代表的なのが『インマルサット』4機の衛星でほぼ全世界をカバーし、主に船舶や航空機向けに使われています。

インマルサットの利用イメージ インマルサットの利用イメージ
インマルサットの衛星携帯電話「IsatPhone 2」 インマルサットの衛星携帯電話「IsatPhone 2」
インマルサットのBGAN端末「EXPLORER710」 インマルサットのBGAN端末「EXPLORER710」。オプション販売の電話機を外付けすることで音声も可能となるデータ通信端末

もう1つが『周回衛星』。イリジウムはこちらの衛星を活用しています。静止衛星よりも低軌道の高度約780km上空に66機の衛星が配置され、こちらも全世界をカバーしています」

イリジウム衛星の軌道イメージ イリジウム衛星の軌道イメージ

――国や地域を問わず、世界中どこでも使えるんですね。

山根「「はい。インマルサットとイリジウムは全世界をカバーしているという点では共通していますが、それぞれに特徴があります。

まず、カバーエリアに関して。インマルサットは静止衛星なので数少ない衛星で広いエリアをカバーすることができますが、北極や南極などの極地はカバーできません。それに対して、イリジウムは周回衛星なので、完全に全世界をカバーします。

また、インマルサットは衛星が約36,000km上空にあるため、どうしても音声の遅延が生まれてしまいますが、イリジウムは約780km上空の低い位置を飛んでいるため、比較的遅延が少なく、一般の携帯電話とほとんど同じ感覚で会話ができます

音声通話とデータ通信の同時利用に関しては、インマルサットもイリジウムも可能ですが、インマルサットはBGAN端末で最大492kbps、イリジウムはOpenPort端末で最大134kbpsと、インマルサットのほうが比較的高速です。

なお、イリジウムはこれまで音声通話の利用が中心でしたが、2019年2月からは新しい衛星を使って『イリジウムCertus』という本格的なデータ通信にも対応したサービスも開始しました。

端末のバッテリーの持ちは、インマルサットのIsatPhone2が連続待受最長160時間、イリジウムのイリジウムExtremeが連続待受最長30時間と、インマルサットのほうに軍配が上がります」」

インマルサットの特徴 インマルサットの特徴(静止衛星)
イリジウムの特徴" イリジウムの特徴(周回衛星)

インマルサットとイリジウムの違い

インマルサットとイリジウムの違い

非常用通信手段として高まるニーズ

――イリジウムは主にどういう人が、どういった目的で使っているのでしょうか?

山根「「省庁、自治体、企業など法人のお客様を中心に、地震、台風、津波といった非常災害時のバックアップ回線として利用されています。1995年の阪神淡路大震災では固定電話網が寸断され、輻輳が生じたため、非常時における携帯電話の重要性が注目されました。

ところが、2011年の東日本大震災では津波によって携帯電話の基地局が倒壊し、電波が途絶えて、携帯電話が使えなくなるケースが少なくありませんでした。そのため、非常用の通信手段として、地上のインフラの影響を受けない衛星電話が見直され、ニーズが高まったのです。

2011年の東日本大震災にて、陸上自衛隊がイリジウムを活用している様子
2011年の東日本大震災にて、陸上自衛隊がイリジウムを活用している様子 2011年の東日本大震災にて、陸上自衛隊がイリジウムを活用している様子

東日本大震災では、auの基地局が復旧するまで、イリジウムをはじめとする衛星電話が陸上自衛隊に配備され、復旧活動のための連絡手段として活用されました

遭難時や緊急連絡やテレビのロケ等でも活躍

――災害などの非常用の通信手段のほかに、どんなシーンで利用されているのでしょうか?

山根「「冒険家や登山家の方が遭難時の緊急連絡用として持たれるケースがあります。最近ではヨットによる世界一周や犬ぞりによる北極圏走破などで利用されました。

イリジウムで通話しながら歩く男性

また、海外では現在も携帯電話網が十分に整備されていない地域も少なくないので、そういった場所ではイリジウムが活躍します。テレビ番組のロケなどにも利用されているようです。ただし、衛星電話という性質上、空が広く開けたところでご利用いただく必要があります」

――イリジウムの端末はどういったものがありますか?

山根「「現在は、小型で軽量な『Iridium 9555』と、耐久性に優れた『Iridium Extreme』があります。

イリジウム 9555 イリジウムの衛星携帯電話「Iridium 9555」

『イリジウム 9555』は2009年に発売したモデルです。それまでのイリジウム端末は大きくて重かったのですが、このモデルで大幅に小型軽量化を実現し、持ち運びやすいハンディサイズになりました。

イリジウム Extreme イリジウムの衛星携帯電話「Iridium Extreme」

『イリジウム Extreme』はハードな環境でも使えるタフネスモデル。IP65等の防水・防塵性能やMIL規格準拠の耐久性を備えています」

――最後に、イリジウムを使ううえで、注意事項などはありますか。

山根「「先ほどお話したように、イリジウムは非常用としての用途が中心のため、防災訓練のときにしか使わないというお客様も少なくありません。しかしイリジウムに内蔵しているリチウムバッテリーの経年劣化は避けられません。いざというときに使えなくなっていたら元も子もありませんので、定期的(最低でも3か月に1回)に充電していただき2~3年を目処にバッテリーを交換することをおすすめします」」

私たちが日頃から使っているスマホやケータイとはまったく違った性質を備えたイリジウム。普通に暮らしている限り、利用する機会はないかもしれない。しかし、ひとたび大きな自然災害が起これば、その恩恵にあずかる可能性は誰にでもある。いざというときのバックアップのために、そして世界中どこでも通信をしたいという人たちの要望に応えるために、今日も衛星は私たちのはるか上空をまわり続けている。

文:榎本一生

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