2019/01/29

YOUは何しに南極へ? 昭和基地の「水」「空調」を管理するプロに現地で直撃

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日本から14,000km離れた「南極」に赴任中のKDDI社員・齋藤勝による現地レポート。2017年11月に日本を出発し、その後14カ月も日本に帰れない彼の南極滞在中のミッションは「昭和基地の通信環境をひとりで守る」こと。日々の業務の様子から、食事や暮らし、そして休日の過ごし方まで、現地からのレポートをお届けしていきます。


TIME & SPACE読者のみなさん、こんにちは! 第59次南極地域観測隊 LANインテルサット担当隊員の齋藤勝です。

南極の昭和基地の前に立つ、第59次南極地域観測隊L ANインテルサット担当隊員の齋藤勝

ここ南極の昭和基地は、いままさに真夏です。この時期は白夜なので日が沈むことがありません。最高気温がプラスになる日が多くなってきました。夏期間は、屋外での作業が多く行われます。私自身も外作業の一環として長距離アンテナのメンテナンス作業を行いました。

南極でアンテナの整備をする第59次南極地域観測隊LANインテルサット担当隊員の齋藤勝
南極でアンテナの整備をする第59次南極地域観測隊LANインテルサット担当隊員の齋藤勝

このアンテナを使うことで、昭和基地から離れた場所との通信(ネットやメール、電話)が可能となっています。

南極で特に感動する自然現象はオーロラと蜃気楼だと思います。今回は南極の蜃気楼を紹介します。南極で見られる蜃気楼は「上位蜃気楼」といわれ、海氷面に接する空気層が放射冷却現象や海氷で冷やされ、その上の空気との間に大きな密度差が生じることで、実際の風景が間延びしたり逆さまになった虚像が出現します。昭和基地周辺では、越冬期間中、見事な蜃気楼を見ることができます。

南極で観測された蜃気楼
南極で観測された蜃気楼

写真1枚目と2枚目は同じ場所ですが、3分間隔で撮影をしています。いずれも物体が浮かんでいるかのように見えます。刻々と蜃気楼の形が変化している事がわかります。何度見ても昭和基地で見る蜃気楼は神秘的です。

「YOUは何しに南極へ?」機械設備隊員の鯉田淳さんの場合

さて、それでは前回に続き、南極での活動を共にしている観測隊員を紹介します。南極越冬隊は各分野のスペシャリストたちによって構成されていますが、みなさんどういった目的で南極へ来ているのでしょうか? 題して「YOUは何しに南極へ?」。

今回は鯉田淳さんにインタビューをします。鯉田さんは過去に3回南極に来られている南極のプロです。今回は機械設備隊員として南極観測隊に参加しています。私が鯉田さんを見て思うのは、根っからの仕事大好き人間ということです。趣味が仕事では? と思うほどです。きっと自他ともに認めているのではないでしょうか。

第59次南極地域観測隊の鯉田淳さん 鯉田淳さん/国立明石工業高等専門学校で土木工学を専攻。51次隊(2009年)夏建築土木、52次隊(2010年)越冬機械設備、55次隊(2013年)越冬環境保全として参加。今回は59次隊越冬機械設備として参加

齋藤:南極観測隊を志願した動機について教えてください。

鯉田:高専の先輩に南極観測隊のOBがいまして、たまたまその先輩から南極の話を聞く機会があったんです。

ロシアの南極観測基地であるボストーク基地で最低気温マイナス89.2℃を記録した話を聞いた瞬間、「自分もそのような極限の世界を見てみたい!」といった思いに駆られ、その場にいた先輩に「どうしたら南極に行けますか?」と聞いたほどでした。

ちょうどそのとき、偶然にも南極観測隊の公募をしていたこともあり、先輩に質問をしてから数週間後には公募にエントリーをしていました。そして運よく合格し、念願の南極に行くことができました。

齋藤:鯉田さんは今回で4回目の南極とのことですが、何度も来たいという思いはどこからくるのでしょうか?

鯉田:南極という特別な場所に身を置けること、普通はなかなか経験できないことを経験できること、日本では知り合えないような仲間たちと一緒に仕事ができること、そしてそういった人たちの生の話が聞けること……それらは自分にとってなにごとにも代え難いものです。

土木や建築の仕事を経て、南極へ

齋藤:日本ではどのような業務をなさっていたのでしょうか?

鯉田:学生時代に土木工学科を専攻していたこともあって、卒業後は土木監督をやっていました。そこでの経験をもとに自営業を始めるようになったのですが、それからは土木監督、土木作業も自分で行っていました。

その後、建築監督や建築作業も手掛けることができるようになりました。いったん自営業を離れてプラント関係の会社に勤めていたこともあったのですが、そのときに得た設備の経験・知識のおかげで今回、機械設備隊員として南極に来ることができました。ちなみに、第51次夏隊のときは、建築土木隊員としての参加でした。

齋藤:複数の専門知識をお持ちのようですね。現在は南極の機械設備隊員としてどういった仕事を行っているのでしょうか?

鯉田:具体的には「水をつくる設備」「空調設備」「冷凍設備」「厨房の設備」の管理を行っています。

南極・昭和基地の空調は「入/切」のみ

齋藤:昭和基地内の空調はどのような仕組みで、どのように管理を行っているのでしょうか?

鯉田:管理棟や居住棟は、発電機の排熱を利用して熱を循環させています。水を温めてお風呂のお湯にしたり、各居室の暖房に利用したり。昭和基地での生活は、冷凍庫のような建物の中に人間が入って生活しているので、暖房のない生活はありえません。

第59次南極地域観測隊の鯉田淳さん
南極・昭和基地の発電棟の機械室にて温水フィルターの交換作業や造水装置の流量調整を行う第59次南極地域観測隊の鯉田淳さん 昭和基地の発電棟の機械室にて、温水フィルターの交換作業や造水装置の流量調整を行う鯉田さん

齋藤:普段あまり意識していなかったのですが、一般的なエアコンのように、昭和基地内の空調の温度調整はボタンひとつで調整できるものなのでしょうか?

鯉田:日本で一般的に使われているエアコンと違って、ここでは空調の「入/切」のみしかできない建物もあります。そのため、日によって異常に室内が暑い場合があります。おおよそですが、外気がマイナス20℃くらいのときに室内の空調温度が快適になるような構造となっていますので、それよりも外気が暖かいと室内の温度が高くなり過ぎることもあります。

齋藤:たしかに、管理棟内は隊員の半袖短パン姿が目立ちますね。私の居室や執務室では時々30℃を越えるときがあります。それにしても、発電機から発生する熱量は膨大なものですね。

鯉田:それでも外気がマイナス30℃を下回るような真冬は、発電機の排熱では十分に室内の温度が上がらず、追加でボイラーを炊いて温度調整していました。

雪を溶かして、水をつくる

齋藤:では次に、水についての質問をさせてください。基地内の水はどのようにして精製しているのでしょうか?

鯉田:基本的に昭和基地周辺の雪を利用しています。先ほどお話した発電機の排熱を利用し、雪を溶かして水のもとを作ります。この状態では飲み水としては使えません。ここから先の工程で2種類の生活水がつくられます。

昭和基地は南極大陸に近い海上の島の上に建っていることもあって、雪には少量ながら塩分が混ざっています。この塩分の混ざった水に、一度フィルターを通してできた水を中水と言い、主にトイレや洗濯機で利用されています。飲料水としては利用できません。

そこからさらに殺菌を含む何段階かの処理を行い、高圧のろ過機を通すことによって真水を作ることができます。飲み水としての上水が精製され、隊員が直接飲む水や風呂などの水として利用されています。

齋藤:複数の作業工程を経て、ようやく安心できる飲み水が作られているのですね。

昭和基地の熱・水サイクル図 昭和基地の熱・水サイクル図

あまりの寒さに配管が凍結してしまうことも

齋藤:南極ならではの苦労話がありましたらご紹介ください。

鯉田:厳冬期のことですが、昭和基地に隣接している貯水池の水を吸い上げるポンプが故障したことがあります。

齋藤:はい、覚えています。ポンプ故障のために生活水を作ることができなくなり、水が使えない日が何日もありました。基地での生活は風呂、洗濯機は当たり前のように利用していましたが、水が使えなくなったことで水の貴重さを痛感しました。

鯉田:ポンプ自体が雪の深い場所に設置されていたので、故障したポンプを取り出すために重機を使い、雪を掘削することになったんです。重機が入れない場所は人手でひたすら雪掻きをして、なんとかポンプを取り出しました。

そして、いざポンプを交換して戻そうとしたら、配管の中の水が凍結してしまっていて水を流せない状態で。厳冬期では水の流れが止まると、すぐに配管内の水が凍結してしまうんです。基地内の総勢で、雪の中に埋まっている配管を掘り出し、管理棟内まで配管を運び入れて、凍結した氷を溶かす作業を行いました。そうして数日を掛けて、ようやく復旧させたことがありました。

齋藤:機械設備の仕事のほかに、鯉田さんは昭和基地内で重機を相当に操作されている印象があります。

鯉田:最近では、昭和基地内に大量に降り積もっている雪の除雪作業のため、重機を使っていますからね。雪を押しよけたり、雪をシャベルカーですくってダンプに乗せて外へ運んだりといった作業を重機操作で行っています。もともと、日本でも重機に乗っていたので扱いには慣れていました。

南極・昭和基地にてブルドーザーで雪押し作業を行う第59次南極地域観測隊の鯉田淳さん
南極・昭和基地にてブルドーザーで雪押し作業を行う第59次南極地域観測隊の鯉田淳さん ブルドーザーでの雪押し作業の様子

凍傷に罹るほど厳しい環境を経験

齋藤:そういえば、鯉田さんはこの越冬期間中に「中継拠点」へ遠征されていましたよね。そのときの模様を教えていただけますか?

鯉田:燃料の輸送や観測支援などを行うために、約1カ月間かけて、「中継拠点」を往復してきました。中継拠点はみずほ基地とドーム基地の中間点に位置していて、昭和基地から片道約700kmの行程となります。

昭和基地と中間拠点の位置 昭和基地と中継拠点の位置

中継拠点には9月の下旬に到着したのですが、そこはマイナス60℃という極寒のなかでの生活でした。油断すると簡単に凍傷になってしまい、実際に頬が軽い凍傷に罹ってしまいました。また、標高が3,400mほどに位置していることもあり気圧が低く、酸素も薄く、ちょっとした外作業でも体力が失われてしまいます。

もともと私の南極志願の動機は「マイナス89.2℃の世界が見たい」でしたが、その当時に思い描いていた寒さとは次元が違い、中継拠点での生活環境はとても厳しかったです。

休日はバドミントンや映画鑑賞でリフレッシュ

齋藤:南極での仕事において、どのようなところにやりがいを感じますか?

鯉田:自分がやりたいと思ったことを思う存分できることです。仕事大好き人間にとって、ここ昭和基地はとてもやりがいのある環境です。また自分の限界を知ることもできます。そこが面白いと思います。

齋藤:南極生活での余暇の過ごし方について教えてください。

鯉田:休みの日には、趣味のバドミントンをして気分転換をしています。

南極・昭和基地でバドミントンを楽しむ第59次南極地域観測隊 南極・昭和基地でバドミントンを楽しむ第59次南極地域観測隊

また映画が好きなので、時間があればずっと映画を観ています。南極に来てからたくさんの映画を観ました。

齋藤:映画好きにはたまりませんね。最後にひと言、TIME & SPACEの読者へメッセージをお願いします。

鯉田:南極観測は国家事業であり、距離的にも日本から遠く、誰もが容易に行けるわけではありません。でも実は、その扉はいろいろなところにあるんです。見方によっては、みなさんが思っているほど遠いわけではなく、意外と近くにあると言えるかもしれません。少しでも南極に興味を持ったら、その扉を叩いてみてはいかがでしょうか。

齋藤:本日はお忙しいなか、ありがとうございました。

写真・文:齋藤 勝

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