通信のチカラ

2017/03/10

VR技術による鉄道会社の災害対策訓練とは?

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2016年は、「VR元年」とも言われる年だった。商業的にも注目されて、昨今では"未来の技術"というよりは、もう身近な存在として、定着のムードが漂い始めている。

そんななか、2017年2月、KDDIは「VRによる災害対策訓練ソリューション」をJR西日本へ提供すると発表した。

さて、鉄道の運行における災害対策訓練において、VR技術が一体どんなソリューションを提供できるのだろうか。

運転士が地震や津波をVRで疑似体験

まずはこちらのデモコンテンツを見ていただこう。

パソコンで視聴する際は360°動画として再生可能

こちらのデモコンテンツ、実際に和歌山県を走る紀勢線の串本駅〜新宮駅間約43kmを撮影した実写映像をベースにつくられている。太平洋に突出した紀伊半島のこのゾーンは、南海トラフ地震が発生した際、「発生から5分以内に10mを超える津波に見舞われる」という想定がされているのだ。

JR西日本では、これまでそうした津波発生時の対応を、マニュアルや避難訓練を通じて徹底してきた。それを一層柔軟に、適切に行えるようVRによる疑似災害体験の導入を決めたのだという。

写真手前のヘッドマウントディスプレー(HMD)は、HTC社の「VIVE」という、高性能VRシステムのひとつ。PCのディスプレイに映し出されているのが、今回、HMDで体験できる映像。上の写真、左手前にあるのがコントローラー。VR映像内での表示を切り替えたりするのに使うものだ。

なぜ、災害対策にVRか。KDDIの強みは

KDDIビジネスIoT推進本部 前田さとみ

「もともと、JR西日本様では2Dベースのシュミレーターを活用して津波対策に取り組まれていました。それを刷新するタイミングで2Dを継続するのか、あるいはなにか新しいことはできないかを検討された際に、VRはどうだろうということでご相談いただいたのが、そもそものきっかけです」

そう語るのは、KDDIビジネスIoT推進本部の前田さとみ。今回のプロジェクトのリーダーだ。

もっともこだわったのは、9K解像度での撮影。VRは360度の映像をすべて収録するぶん容量も大きくなり、平面のテレビと単純に比較することはできないが、「世界のVR展示のなかでも、個人的には未知のクオリティでした」(前田)という。

「画質にこだわったのは、線路脇の電柱に掲げられた標識の文字が視認できることが条件だったからです。電柱には津波の際の避難所の方向が表示されています。当然、VR映像でも実際に運転している時と同様に、標識がしっかり見えなければ意味がありません」

高画質ゆえの、高い技術の処理が必要だったのが「スティッチング」だ。「VRは通常、上下左右前後に複数のカメラを向けて同時に撮影しますが、これらをつなぎ合わせて360°すべてが見える映像にする工程がスティッチングです。高画質になるほどつなぎ目のアラが目立ちやすくなり、高い技術が要求されるんです」

本番は、現場で実際に走る列車の運転台から、運転士の頭にカメラをつけて撮影したという。安全上の問題もあるし、先頭車両に乗る乗客の演技も必要なので、一般客に乗ってもらうわけにはいかない。始発前に特別ダイヤの回送電車を走らせての一発撮り。9Kのセッティングと撮影後のスティッチングは、事前に検証を繰り返し、満を持して撮影に臨んだ。

満足のいくVRコンテンツができた。しかし・・・・・・

デモ用コンテンツの撮影は2016年9月。直前までの大雨が奇跡的に持ち直した。JR西日本とKDDI、双方の担当者が先頭車両の乗客を演じた。JR西日本側からの助言で、津波が来ても、悲鳴をあげるほどパニックになるのではなく、「おどおどビクビク」程度の演技に徹したという。そして結果的に「津波の疑似体験VR」としては満足がいくものができた。

「でも、"で?"ってなってしまったんです。実写ですし、真に迫った映像でVRだから周囲どこを見ても津波の状況になっている。でも"これは怖いね"っていうレベルで終わってしまう危惧がありました。そこで改めて、"VRを災害対策に役立てるにはどうすべきか"というスタート地点に戻りました」

そんなとき、JR西日本の安全推進課の担当者と紀勢線の運転士の会話を耳にした。

「あそこのエリアって、想定浸水深3メートルぐらいだっけ」

「・・・・・・というと、これぐらいだよね」

手を挙げ、ジェスチャーしながら話をしていたそうだ。

「せっかく、VRで状況を可視化して疑似体験させるなら、その"これぐらいだよね"という感覚も具体的に見えるようにしたら、より臨場感をもって現場での対策をイメージできるのではないかって思ったんです」(前田)

そして、JR西日本ともディスカッションを繰り返し、「津波避難アプリ」を搭載することに決めた。実際の路線における避難出口や避難所の方向を示すJR西日本独自のiPad用アプリだ。実際の映像の中で、この情報が参照できる。

パソコンで視聴する際は360°動画として再生可能

こうして完成したデモコンテンツ。体験した、JR西日本の安全推進部 鹿野課長からは、「これまでモニター画面の映像を主体としてきた鉄道業界において、運転室にいるかのような新鮮な感覚に対する驚きと、これにより得られる効果の可能性について大きな期待を感じました」という声をもらうことができた。

編集部員も体験。そして今後の展開は?

今回はKDDIの会議室に、「VRによる災害対策訓練ソリューション」をセッティングしてもらい、TIME & SPACE編集部でも体験させてもらった。

装着するや現れる、運転席から見渡せる360°のバーチャル空間にまずは驚き、思わず周囲を見渡してしまう。9Kで撮影された映像は、PC処理の最適化のために6K/60fpsにて実装されているが、それでも実写VRとしては最高レベルの画質で、線路脇に立つ標識の内容をはっきりと認識することができた。コントローラーを使用すれば、電車のスピードをコントロールすることもできる。

電車が動き、問題なく走っている様子はひと言でいえば「楽しい」。それほどリアリティがあるのだ。運転席から見る風景自体がなんとも新鮮だし、振り返ると客席の人の様子まではっきりと伺うことができる。

やがて地震の発生を知らせるサイレンが! 電車は急停止するも、目の前の川の水はあっというまに氾濫し、みるみる電車に迫ってくる。驚くべきはその速さだ。ニュースの映像などで見るよりも水の流れは速く感じる。

「実際にJR西日本さまの運転士の皆さんに体験していただくと、左手がまるでマスター・コントローラーを握ってるみたいに前後に動くんですね。あと、報告確認や"出発進行!"のアクションまでしてくださいます」と前田。それだけ体験者がリアリティを感じられるものになっているということだろう。

また、四方から聞こえてくるサイレンや人の声などもリアリティの演出にひと役買っている。デモコンテンツではここまでの体験だった。

JR西日本の安全推進部 鹿野課長は、「JR西日本では実際の列車を使って避難訓練も行ってきましたが、回数にも、参加できる人員にも限りがありました。このVRソリューションでは、実際の感覚に近い状態での訓練を対象者全員に対して実施できる環境となり、個々の運転士がどのような行動を取るかが蓄積できることで、今後の対策に生かせるのではないかと期待しています」という。

このソリューションは2017年4月末より稼働予定。今後もKDDI総合研究所独自の伝送技術を活用し、場所やデバイスによらない災害対策コンテンツを共有したり、実際の運転士のアクションに応じたようなマスコン型のインターフェイスを開発したりと、体験者のフィードバックを取り入れていく予定だ。

そして今回、VRによる災害対策ソリューションというひとつのかたちができたことで、社会的意義のある展開をさらに進めていけるだろうと前田はいう。

「これは、過去にさまざまなジャンルでのVR制作を行い、事業化してきたなかでの経験値や、ベンダーさん(各種制作会社)との関係性も我々ならではの強みではないかと思います。具体的にBtoBの業務に役立つものをご提供できるようになりました。今後は、同様のノウハウや機能開発を転用して、労働災害とか天災系リスクに課題を持つ企業様にもソリューションをご提供できると思います」

文:TIME & SPACE編集部
写真:中田昌孝(STUH)

※掲載されたKDDIの商品・サービスに関する情報は、掲載日現在のものです。商品・サービスの料金、サービスの内容・仕様などの情報は予告なしに変更されることがありますので、あらかじめご了承ください。

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