2016/03/29

【検証】 居酒屋をどこまでIT化できるか?

T&S恒例、「夜の編集会議」。左が今夜のゲストKDDI研究所のおふたり、右が編集部員のタケダ(奥)とハラダ(手前)だ

飯田橋の串焼き屋さん「串鐵(くしてつ)」は、界隈の飲みスケの味方である。なにせ串1本60円~、盛り合わせでも500円ちょい。で、ウマイ。ここを舞台に定期的に行われているのがTIME & SPACE編集部の「夜の編集会議」である。

ルールはただひとつ、「愚痴禁止」。とくに一所懸命「会議」をしなくちゃいけないわけではないが、ネガティブ要素を封じるだけで、あら不思議、意外にも使えるネタが発生したりするものなのである。

「ピタリっていうの、つくってるんですよ」

保育園不足や経歴詐称問題、脚派か胸派かお尻派かなど、世相を鋭く斬るトークをひととおり楽しんだあと、今夜のゲストとしてKDDI研究所からやってきた辻 智弘がポーンとパスを出した。夜の編集会議では、毎回他部署のゲストを招き、さまざまな意見交換を行っているのだ。

「ピ......タ......リ?」

編集部No.1若手のハラダがおれの顔を見る(ちなみに「No.1」は「若手のなかでNo.1」ではなく、単に「No.1に若い」の意味だ)。いや、見られてもおれも知らん。T&S編集部員といってもおれはデジタル担当ではなく、カルチャー担当だ。

ひとまずアルカイックスマイルでその場をやりすごすことに決めたそのとき、もうひとりのゲストで、同じくKDDI研究所の巻渕有哉が箸紙にさらさらと書いてくれた。「PITARI=PIctureless Transmissive Augmented Reality Interface」。

左は巻渕、右が辻。巻渕が持つメガネ経由の映像が、辻の持つタブレットに映っている。「これが『PITARI』です」

「スマートグラスって知ってますよね?」
「あのー、メガネ型のスマホ的な......ネットに繋がって、ゲームとか表示されたりする......Googleグラスみたいなやつ?」
「まあ、大体そうです」

おれの雑な返答に、微笑む巻渕。そして緻密な解説をしてくれた。今現在のスマートグラスはレンズ部分に映像を映し出し、そこに様々な情報が表示されるものであると。言ってみれば、視界の片隅にちっちゃいスマホ画面を表示しているようなもので、たとえばカメラで撮影した映像をリアルタイムで表示しても、実際に見ている風景に映像が重なって見えてしまう。直感的に使いこなすためには、ある程度の慣れが必要であるらしい。

で、PITARIはそれを解消したのだという。つまり、映像を重ねて情報を表示するのではなく、レンズ越しに見える風景のうえに、直接ペンで書いた文字が浮かび上がる......みたいなことができるらしい。

「フムフム、なるほどですね。了解です」とハラダがうなずいた。
「......わかったの?」と、おれ。
「......え、あ、そ、そうですね」

ハラダがまったくわかっていないことがわかり、若干安心したところで、辻のメガネのレンズがキラリと光った。「試してみましょうか」

現実空間に絵を描いて、即席ウェイターをつくってみよう!

「まあいっちょ、掛けてみてください」。不敵な笑みを浮かべる辻

『PITARI』は、スマートグラスと、それを制御する「VistaFinder Mx」というアプリからなる。タブレットからアプリを介して入力した情報が、スマートグラスのレンズ部分に直接投影されるらしい。このスマートグラス自体はエプソン製の民生品だ。ハラダにスマートグラスを掛けさせ、辻が説明する。

「このタブレットには、ハラダくんの見た風景が映し出されています。で、たとえばこのアプリ上で落書きすると......」

サラサラと巻渕がタブレットの上でペンを動かす。にょろにょろとした線が描き出されるやいなや「ぬわーっ!」。ハラダが叫んだ。「視界に線がーっ! 視界に線がーっ!」

スマートグラス越しの風景に突如にょろにょろと線が現れ、驚くハラダと、ウソ、マジで! と喜ぶ筆者。「おれも掛けたい! おれも掛けたい!」

ニヤニヤしながら辻が補足してくれる。
「これでスマートグラスを掛けた人間に直接指示を出せるわけですよ。たとえば、対象物をマルで囲って"ここを調べて"とか"これ持ってきて"みたいに」

赤T×黒エプロンのマナベ店長も参戦。タブレットにはハラダの目に入る光景が映し出されている

「へー、面白いじゃん!」。ビールを運んできた串鐵のマナベ店長が、突如PITARIに興味を示してきた。「じゃあさ、じゃあさ、これでハラダくんにホールの仕事を手伝ってもらったりもできるよね?」

「もちろんです!」。ハラダを厨房の冷蔵庫前に派遣してから、辻がタブレットに向けてペンを構えた。「よし、じゃあ山崎にしようかな」

右のパレットで線の色や太さを選んで、左の画面上に描き描き。タブレットのマイクから音声で指示を出すこともできる

「ここらへんに、赤い線が浮いてる感じっす!」。ボトルではなく、線を掴もうとするハラダ。さすが、No.1の若手だ

ハラダの視界にある山崎のボトルが、赤く縁取られる......と、厨房の方からハラダの声。「えーっと、山崎っすかー?」。ハラダよ、肉声で確認するならPITARIはいらないだろう。

「......わざわざこれ使わなくても、"山崎持ってきて~"で伝わるんじゃない?」と店長。すると、巻渕が不敵に笑った。「じゃあもし、店長が風邪で休んだ日に新人バイトさんひとりしかいなかったらどうします?」
「......え!?」

ベテラン店長の頭脳を使って、ド素人に焼き鳥を焼かせてみよう!

「居酒屋のオペレーションにも革命が起こりますよ!」

「このPITARIが本領を発揮するのは、インターネット経由でスマートグラスの装着者に細かい作業指示を出すときなんです。店長さん、風邪をひいて家で伏せっているとき、新人バイトさんに電話だけで的確な指示を出して、店を任せられますか?」

言うが早いか巻渕、ハラダからスマートグラスを奪って自ら装着。厨房に駆け込み、串が載せられたコンロの前に陣取った。

「店長、僕が焼き鳥を焼きます。さあ、指示を! PITARIで!」

慣れない手つきで串と向き合う巻渕。「店長、7本スタンバイしました」と、スマートグラスに搭載されたマイクに向かってささやく

「よしっ! つくねとねぎまとレバーはタレで、手羽先とボンチリと砂肝とハツはシオ。タレは上にツボがあるから......もうちょっと上向いて!」

店長、辻のアシストを受けてタブレットに指示を書き込んでいく。

巻渕の視界にある串を「タレグループ」と「シオグループ」に分けて図解。さらに、タレツボの位置や早く焼ける順番も的確に指示していく

「こっちの丸は......このツボに漬ける串。こっちは1、2、3、4......この番号順に焼けていくからひっくり返して。ほらっ、1が焼けてるよ!」

声を聞いているだけではなんのことかわからないが、厨房に立つ巻渕の眼前には、図や番号が表れているのだ。次々と指示を出していく店長に、辻が補足する。

「これ今、焼いてる巻渕は右向いたり左向いたり、視線は常に動いていますよね? でも、店長が描いた丸や文字は、指示したところにぴったりくっついているんです」」

このPITARI、最初に書いた印がその対象物の位置をリアルタイムで追跡。多少アタマを動かそうが、視線が変わろうが、ずーっとシオの印はシオの串を示し、タレの印はタレの串を指し続けているのだ。

「常に動いている映像に対してリアルタイムに、インタラクティブに指示を出せるのは我々だけの技術なんです!」。辻は大きくうなずき、巻渕は「あっつ!」「あっつ!」を連発しながら戻ってきた。おお、巻渕の焼いた串、ウマソー!

壁に掛かった「おしながき」を、いろんな言語で読ませてみよう!

「まあ、このおしながきをを見てくださいよ」

「ここまでが現時点で私たちが開発した技術ですが、将来的にはもっといろんな技術が組み合わさって、より便利になりますよ。たとえば、このお店には海外からのお客様もいらっしゃるでしょう?」

巻渕はそう言うと、「掛けてみてください」と店長にスマートグラスを差し出した。

「外国人用のメニューをつくるとしても、英語、中国語、韓国語......全部の札を壁に掛けるわけにもいきません。では、どうすればいいか? それぞれのお客さんが、自分の言語でこの札を読めばいいんです。今日はちょっとしたデモ用の画面をつくってきました。店長、壁のおしながきを見てください」

「ええっ!!?」

「ええええっ!!?」......店長には、おしながきの札の手前に翻訳された英語が見えていた。もっとも、文字認識や自動翻訳などの機能は、現時点ではPITARIに搭載されていない。この翻訳画面は、デモ用につくったものだ

スマートグラスを装着して見慣れた我が店のおしながきを見る店長。みるみるその表情が驚愕に支配されていく。店長からスマートグラスを奪い取り、次々に試してみる一同。「おお!」とか「ああ!」とか驚くのである。だって、壁に貼られた墨文字のおしながきが、いちいち英訳されて見えるのだから!

「今回は、それぞれの札を画像として認識させ、おしながきを見た時に事前に打ち込んだ英語のメニューを表示させるように準備しました。でも、OCR(optical character reader、文字や数字を光学的に読み取る装置)や言語の自動翻訳はすでに実用化されている技術です。近いうちにリアルタイムで日本語メニューを翻訳・表示することもできるようになります!」

「それはいいね! うち、実は外国人のお客さん多いんだよね」と店長。いつもは自分の胸やおしりを指差しながら、ジェスチャーで部位を伝えているらしい。これから数年でますます海外からの観光客は増えるだろうが、PITARIはちゃんと実用化できるのだろうか?

「バッチリです!」と巻渕は胸を張る。実は、スマホやタブレット、スマートグラスの小型画面などにリアルタイムで映像やAR情報などを送るシステムは、すでに「VistaFinder Mx」というブランドで製品化されているという。これは、通信・鉄道・電気・ガスなど、日常的に保守点検作業が必要とされる業種を中心に、遠隔作業支援システムとして導入されているのだ。

このシステムに「PITARI」を搭載することで、スマートグラスに表示されるカメラ映像を省いて、指示だけを対象物に重ねることができるようになる。ひとまず現状でほぼほぼ完成しており、今後正式にリリースするまでに、保守点検の現場で実際に使ってもらってテストをしようという段階らしい。

「現状、インフラの保守の現場では、必ず熟練した人が現場に行ってチェックしなければなりませんが、PITARIは1台で12個のスマートグラスを操ることができます。これが実用化されれば、熟練者が遠隔から指示を出せば、現場に赴くのは経験の浅い人でも大丈夫になります」

経験の浅い人間でも、ベテランから具体的な指示を受けることで、より複雑な仕事をできるようになる......なるほど。

「よろこんでー!」。マナベ店長の遠隔指導を受けながら調理と給仕をこなすハラダ。さすが、No.1若手だ

全員、一斉にハラダのほうを見た。未経験者、発見。

「ハラダ、ビール」
「おれ、ウイスキー」
「焼き鳥盛り合わせで!」
「あ、焼き方はおれが指示するね」

PITARIを装着したハラダは、初めてとは思えない手際のよさでキリキリと働くのであった。

【取材協力】
串焼専科「串鐵(くしてつ)」
東京都千代田区飯田橋1-9-6 朝日飯田橋マンションB1
問:03-3265-5939

文:武田篤典
撮影:稲田 平

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