2017/05/18

単独無寄港世界一周ヨットレースで、白石康次郎の冒険を支えた通信のチカラ

海洋冒険家・白石康次郎さんをご存じだろうか。現在50歳、日本随一のヨットマンである。

1994年、26歳の時にヨットで単独無寄港無補給世界一周。これは当時の史上最年少記録だった。2002年には単独世界一周レース『アラウンド・アローン』クラスⅡ(40フィート)で4位に入賞。2006年には、同じく単独世界一周ヨットレース『5OCEANS』のクラスⅠ(60フィート)に日本人として初めて挑戦し、2位でゴール。で、2016年、世界でもっとも過酷な単独世界一周ヨットレースといわれる『ヴァンデ・グローブ』に、これまた日本人として初参戦。先の2つのレースは、途中での補給や船の整備のために港に立ち寄ることが許されていたが、『ヴァンデ・グローブ』はスタートからゴールまで"無寄港" 。装備が壊れようが兵糧が尽きようが、ずっと洋上。自分でなんとかするか、あるいはリタイアするかという、約80日間の戦い。

白石さんはこれまで地球3周を達成している。

白石康次郎という人がいかにすごいか、おわかりいただけただろうか。

地球4周目を目指した『ヴァンデ・グローブ』では、残念ながら、スタート28日目にマストの破損でリタイアすることになったが、この挑戦において、白石さんの船「スピリット オブ ユーコーⅣ」はKDDIの提供する衛星通信サービス「インマルサットFBサービス」を使用していた。

というわけで今回、TIME & SPACEでは「冒険における通信の役割」についてコメントをいただくために、白石さんにお話を伺った。わかったのは、白石康次郎さんの「通信」への意識が、すごく高かったということ。海を旅するロマンの伝達者としても、ビジネスマンとしても。世界のヨットマンのなかで、彼ほど通信を活用している人はいないのではないだろうか。

世界一過酷なヨットレース『ヴァンデ・グローブ』と、衛星通信サービス「インマルサット」

『ヴァンデ・グローブ』は4年に1度開催される、単独無寄港世界一周ヨットレース。つまり、スタートするや一人で、どの港にも寄ることなく、一切補給も受けずに世界を一周するのである。駈るヨットの全長は60フィート(約18メートル)。普通は10人前後のクルーで操る船にたった一人で乗り、帆走する。フランスのヴァンデ県を出航したらアフリカ大陸に沿って南下、最南端の喜望峰を越えたらインド洋を経てオーストラリアの南を通り、南極大陸を大きく1周。その後、「帆船の墓場」と呼ばれるアルゼンチンのホーン岬を巡って北上し、スタート地点まで帰ってくる。

これが『ヴァンデ・グローブ2016』のコース。中央の赤丸がスタート&ゴール地点のフランス、ヴァンデ県。見切れているが、図の下部の南極大陸を巡って南米にアプローチする。

一方、衛星通信サービス「インマルサット」とは、1979年に海上の遭難や安全通信の向上を目指して設立された国際機関。船の通信を司る衛星は、1976年に米軍が民間と共同で打ち上げ、試験的に運用していたマリサットシステムがルーツとなる。インマルサットはこれを1982年に引き継ぎ、船舶用サービスとして展開されるようになり、1999年に民営化された。KDDIはインマルサット設立時から参画していて、デジタル衛星通信方式などの技術開発にも積極的に協力してきた。1982年からは、KDDI山口衛星通信所で衛星にアクセスし、海事・航空・陸上移動のインマルサットサービスを開始した。インマルサットは太平洋・大西洋・インド洋の上空約3万6000kmに位置し、現在、第4世代を運用中。代替わりごとに性能もアップ。今回、白石さんが採用したのは、北極・南極と一部の海域を除くほぼ全世界でつながるインマルサットFBサービスだった。

インマルサットサービスを図式化するとこんな感じ。今回の白石さんの航海では、大西洋上の衛星からの電波を受信し、船内の通信に利用していた。

「インマルサット」は船の上でどんな風に使われているのか

このサービスが、今回のレースでの白石さんの船における"命綱"となる。主な役割は、まずは音声通話とインターネット。さらに航海日誌をネット上にアップしたり、風景や映像を送ったり、航海上欠かせない天気図のダウンロードを行う。

「アメリカ発信とヨーロッパ発信の気象情報があって、天気図が1日2回更新されるので、その都度ダウンロードして、コンピュータ上で両方を照らし合わせて航路を考えるんです。船にインターネットが入ったのは2008年のレースからで、この天気図をダウンロードするようになったのは今回のレースから。非常に精度が上がって、おかげで台風の真ん中に突っ込まなくって済むようになりました(笑)。2002年のレースの時には、衛星携帯電話経由で船に積んだファックスから天気図を出力していたから、思えば通信も本当に変わりましたよね」

しかし、サービスの導入に際して白石さんがまず重視したのが、「映像配信」だったという。

「『ヴァンデ・グローブ』が運営する『ヴァンデTV』というものがあって、ここに毎週決まった時間に1分間中継を入れなければならないというルールがあるんです。やらないと罰金を取られる(笑)。通信するには当然電力が必要で、これはエンジンを回すか、船尾につけたプロペラを回すことで発電してまかなうんですけど、エンジン回すには燃料が必要ですよね。そのぶん船が重くなる。中継しないチームがあると、その燃料を積まなくていいことになる。そこを平等にするために、全チームにルールとして課しているわけです」

白石さんの船「スピリット オブ ユーコーⅣ」。船尾の白いドーム状のものがインマルサットのアンテナ。この数年で驚くほど小さくなり、省電力化が進んだという。ちなみにKDDIは通信部分を担当。ハードは日本無線のもの。「省電力化」は、レースの行方を左右するのだ。

バックアップとしてマストの前にもアンテナをもうひとつ設置。電波の状況によって船尾のメインアンテナと手動で切り替える。波をかぶったり、デッキでの作業の際にぶつかるリスクがあるので、金属製のカバーを自作。「それだけで30万円ほどかかった(笑)」とか。

燃料を積めばそのぶん船は重くなるし、余計な手間はかかるということで、レース参加者の多くは嫌がるらしい。実際、上位チームは、本当に「ルールを守るだけ」だという。毎週1分の中継は、ヨットマンの顔のアップを固定カメラでお届けするのみ。だが、白石さんは積極的だ。レース中の面白いシーンを撮り溜め、見やすく編集してから陸上に送信してきた。

写真はすべて大西洋上で。上・凪の日の海面はこんなに鮮やか。赤道あたりで無風状態だと鏡のようになるという。中・大西洋の黄昏時にはこんな美しい夕焼けを見せてくれる。下・快晴。「僕は風景の写真を撮るのが好きなんですが公式サイトに送って採用されるのは動画ですね(笑)」

「トップチームはレースに勝つことがミッション。船の状態を誰にも知られてはならないというルールがスポンサーとの契約にあったりするんです。僕のミッションは、このレースやヨットの世界を日本の多くの人に知っていただくことだと思っています。多少不利になっても燃料をいっぱい積んで多くの素材を撮って、『ヴァンデTV』だけでなく、日本のメディアに届けたいんです」

「日本のメディア」とは、たとえば『報道ステーション』(テレビ朝日)。スタート前から取材を受け、毎週金曜日に船上とスタジオをスカイプでつなぎ、レースの経過を生でレポート。船に持ち込んだカメラは10台。美しい風景や過酷な日常を映像で紹介する。「僕みたいな通信の使い方をする冒険家はいないんじゃないかな」と白石さんは笑う。

レースに出ていない時は、小学生たちを実際に海に連れて行ったり、海の楽しさや厳しさを講演する「冒険授業」を定期的に持っている。2002年の『アラウンド・アローン』以降は、レース中に日本の小学校と通信をつないで話をしたり、小学生の質問を受けたりする時間を設けるようにしている。今回の『ヴァンデ・グローブ』でも、大西洋上と横浜の幸ヶ谷小学校の体育館をつなぎ、生徒たちの応援メッセージを受け取ったりした。

船内ではこんな通信スタイル。画面左に見えている大型の受話器は有線。ネジネジコード付きのタイプだ。機器の設置も白石さん自ら行い、消費電力を計算したうえで積み込む燃料の量も決めた。

「小学校とビデオ通信したとき、こちらは夜中の3時ごろ。真っ暗なんで海が見せられなくて残念でした。リタイヤして帰国してから、みんなに挨拶に行きましたよ」

通信が発達して冒険のあり方と冒険家のスタンスは変わった

1993年、白石さん初の単独無寄港世界一周の時、船上の通信システムはアマチュア無線だけだったという。

「アマチュア無線って、日によってつながる時とつながらない時があったんですよ。昔は無線機に"火を入れる"っていう言い方をしてね。電源を入れるとザーッていうノイズが聞こえて、そこに向かって自分のコールサインを投げかける。それで日本語が返って来た時は感動したなあ(笑)。今はそういう意味でのドキドキはないですよね」

アマチュア無線では、地球の裏側に入ってしまえば日本とは一切連絡が取れなくなってしまう。アルゴスという発信機で、船がどこにいるか動いているか止まっているかは陸上から捕捉できたが、それだけ。写真や映像を残すことはできたが、フィルムの時代は現像するまでなにが写っているかわからなかった。

「僕がヨットレースをやっているのは、誰よりも早く走りたいとか世界一になりたいからだけじゃなくて、日本を明るく元気にしたいからなんです。そんな僕の信念に、通信テクノロジーの発展は大きな影響を与えてくれました。自分でもいい通信の使い方ができているなって思っています」

こちらも大西洋の様子。上・激しい波を切ってヨットは進む。基本的に約30度傾いた状態で航行する。左右だけでなく前後にも激しく揺れるなかで様々な作業をする。電話も。下・大西洋の波が高く荒くなってくる。南氷洋に近づいてきたあたり。波は時に、高さ10mに達することも

ヨットレースにはお金がかかる。『ヴァンデ・グローブ』上位入賞チームは船と人件費ひっくるめて予算は10億円以上。白石さんのチームも3億5,000万円かかった。ほとんどすべてがスポンサードで、一部はクラウドファンディング。

「昔の海の冒険って、"行ってきまーす"と"ただいま!"の2回しかメディアに露出するチャンスがなかったんです。今は通信によって毎日毎日配信することができます」

たとえば白石さんはレース中、赤道を通過したタイミングで日本酒のボトルを掲げた画像を配信したが、航海中に広告活動が展開できるのだ。

こちらが赤道通過の時の画像。レース中に商品を世界にアピールできるのだ。

「航海中の映像がメディアに頻繁に露出することになれば、多くの人にヨットレースがどんなものなのか理解してもらいやすくなります。今回は28日目でマストが折れてリタイアしましたが、昔だったら"なんだ失敗したんだ・・・・・・"と思われて終わっていたかもしれません。でも今は、マストが折れたところも、僕が必死にやった姿も、終わりまでテレビやSNSでお伝えすることができる。それで"がんばってたな"ってみなさんが思ってくれているんじゃないかと思うんです」

上の2点はマストにめぐらせた配線トラブルが発生した時の画像。28mの高さでの作業をムービーで撮影したキャプチャーだ。下はスタート28日目に折れたマスト。これでリタイアを余儀なくされた。こんなシーンまでつぶさに見られるのが、白石さんの通信の使い方なのだ。

「僕も子どもの頃、キャプテン・クックの航海とか、世界中のいろいろな未開の地への冒険譚を読んで胸躍らせたものです。だから僕も、自分の冒険をできる限りきちんとしたかたちで伝えて、多くの人にワクワクしてもらいたい。僕の冒険を世間に広めることが世の中を明るくすることにつながり、それが巡り巡ってスポンサードしてやりたいと思ってくださるところに繋がっていけばいいなと」

ちなみにインマルサットの音声通話は、テレビ中継の打ち合わせをしたり、チームに現状を報告する際に使用しているが、ほかにも・・・・・・。

「陸上での電話の使い方と一緒ですよ。奥さんから車検についての問い合わせがきたり、陸上の友達に愚痴を言ったり(笑)。あとはレースに参加してるスキッパー同士でもしゃべります。"調子どう?""いやー、セールが破れてさあ""大変だねー"って。お互いの状況がわかりあえて、雑談できる人ってたぶん世界に数人しかいないから」

レースは約80日間。たまには時間の空くときもある。ひとりっきりで60フィートの大型ヨットを駆って洋上をいく状況に共感できる人など、同じレースに参加している人々しかいないのだ。目に見える距離にいる時には、無線機でも話す。

「今回はインマルサット通信をうまく活用して、本物のヨットレースの姿を世の中の人に知ってもらうことができたのがすごく良かったと思っています。僕の場合、安全面ではもちろん、活動を世界に伝えるという意味でも大きな武器になりました」

現在、壊れた船は神奈川県の浦賀まで運ばれてきた。修理ができたら、日本全国を巡り、冒険の話を伝えるキャラバンを展開するという。そして、このところメディアへの露出も非常に積極的。今はどういう段階ですか? と尋ねると、ものすごく大きな笑みをたたえる。

「もう3年後の『ヴァンデ・グローブ』は始まってるんですよ(笑)。準備のためにやれることは全部やる! ・・・・・・って、僕が思っても、みなさんが声をかけてくださらないと始まりませんよね。今回リタイアした僕が今フル稼働できているのは、やっぱり一生懸命やったことをきちんと伝えられたからだと思うんです。今後も、全力でやっていきますよ」

文:武田篤典
撮影:稲田 平

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