2015/10/29

海越しに電波を飛ばせ! 「世界遺産・屋久島でスマホが使える」を実現した驚愕のアイデア

2015年7月、福岡県の官営八幡製鉄所や「軍艦島」の通称で知られる長崎市の端島炭坑などの23施設が「明治日本の産業革命遺産」として新たに世界遺産に登録され、話題を呼んだのは記憶に新しい。これによって日本における世界遺産登録数は19となった。そのうち、景観や生態系が対象となる自然遺産は「知床」「白神山地」「小笠原諸島」「屋久島」の計4ヶ所。いずれも手付かずの大自然が残る場所であり、電波が届いていないようにも思えるが、KDDIはエリア対策を行っており、携帯電話やスマートフォンを使用することができる。今回はそのうちのひとつ「屋久島」に焦点を当て、屋久島の自然遺産地域内をどのようにエリア化しているのか、その秘密を探ってみることにした。

1993年、世界自然遺産に登録された屋久島。樹齢数千年の屋久杉が織りなす美しい自然景観や亜熱帯特有の豊かな生態系は、他に類を見ない

「屋久島」の基地局は「種子島」にある!?

T&S取材班がまず向かったのは、九州の南に浮かぶ島、種子島。古くは鉄砲伝来、そして最近ではロケット発射場があることで知られるこの島に、屋久島で携帯電話やスマートフォンが使える秘密が隠されているという。

種子島に到着後、屋久島をエリア化するプロジェクトに携わったKDDI福岡エンジニアリングセンターの伏見正則と合流。島の南部に位置する携帯電話の基地局に案内してもらい、話を聞いた。

今回の取材には編集部員の大ちゃんも同行。小型のプロペラ機で鹿児島から種子島へ!

種子島から屋久島へ、どうやって電波を飛ばしているのか?

――屋久島の自然遺産地域内をエリア化するため、どのような手法を取っているのでしょうか?

「屋久島は観光地として人気ですが、景観上の問題や電源を確保できないなど様々な制約があり、島内の自然遺産地域内に携帯電話の基地局を設置することができません。また、地形が険しく、島内の他の地域から自然遺産地域に向けて電波を飛ばすことができないという事情もあります。そのため、観光客の方々は、屋久島の美しい自然をスマートフォンで撮影しても、SNSに投稿するなどリアルタイムで共有することができずにいました。そのようななかで捻り出したアイデアが、"島の外から電波を飛ばす"という特殊な手法だったのです」

種子島から電波を発射することで、基地局が設置できない屋久島の自然遺産地域内のエリア化を図った

――えー!? 屋久島と種子島は隣とはいえ、結構離れていますよね。海を超えて電波って飛ばせるんですか?

「種子島から屋久島は約35km離れています。我々が採用したのは、強力な電波をピンポイントで飛ばせる特殊なアンテナ。それを種子島南部の既存の鉄塔に設置し、屋久島に向けて海越しに電波を発射することで、縄文杉をはじめとする自然遺産地域内のエリア化を図ったんです。35km離れた場所に電波を飛ばすのは技術的にとても難しく、角度が1度ずれただけで、狙いたいところから600mほどずれてしまいます。そのため、電波がきちんと届くかどうか、検証に検証を重ねたうえで、工事に着手しました」

アンテナ設置作業の様子。1.5m四方の大きくて重いアンテナを鉄塔の最上部に設置するため、大型のクレーンが用いられた。時折強い雨が降り、作業が中断されることもしばしばだったという

「あの基地局から屋久島へ電波を飛ばしているんです」と胸を張る、KDDI福岡エンジニアリングセンターの伏見正則

――で、実際につながったんですか?

「はい! 自然遺産地域内にあり、それまで携帯電話やスマートフォンが使えないとされていた縄文杉周辺や、九州最高峰の宮之浦岳(標高1,935m)でも、4G LTEがつながるようになりました。昨年(2014年)のゴールデンウィーク前のことです」

――ご自身も現地へ行って確かめられたんでしょうか?

「『えっ、ここでau使えるの!?』。縄文杉周辺でそんな声がまわりから聞こえてきたときは、感動したと同時に、誇らしい気持ちになりました」(伏見)

「種子島での工事を終えた後、屋久島に渡り、縄文杉まで行きました。事前のシミュレーションで、つながる確証はありましたが、実際につながっているかどうかは自分たちの目で確かめる必要がありますから。縄文杉は屋久島の森の奥深くにあり、登山口から片道5時間、往復10時間の道のりです。私自身、登山の経験はなく、道中はとてもツラかったのですが......。さらに、屋久島は1カ月に35日雨が降るといわれており、全身ずぶ濡れになりました。しかし、縄文杉にたどりつき、スマートフォンに目をやると、4G LTEの表示が! いやぁ、感動しましたね。それまでの苦労が一瞬にして吹き飛びました。それから数カ月後、宮之浦岳にも登り、そこでもつながっていることが確認できました。そのときはたまたまガイドさんがauをお使いで、『それまでは縄文杉や宮之浦岳ではケータイがつながらなかったので、使えるようになってとても助かっている』とおっしゃってくださいました」

"つながらない"を"つながる"に変えたい――そんなゲンバダマシイに支えられ、通信エリアの整備が行われた、屋久島の自然遺産地域。T&S取材班としても、実際につながるのかどうか、この目で確かめておきたい。種子島での取材を終え、伏見と別れたT&S取材班は高速船に乗り込み、屋久島へ向かった。

種子島の西之表港から屋久島の安房港まで、高速船で50分ほど

いざ、屋久島の世界自然遺産地域へ

AM6:00
伏見の言葉にあったように、屋久島のなかでも特に観光客から人気の高い縄文杉を見に行くには、スタート地点の荒川登山口から片道5時間かかる。T&S取材班は屋久島到着の翌日、朝4時半に宿を発ち、路線バスと登山バスを乗り継いで、6時過ぎに標高600mの荒川登山口を出発した。

AM6:00、縄文杉登山のスタート地点となる荒川登山口に到着

屋久島までついてきた編集部員の大ちゃん。特に何ができるわけでもなく、足手まとい以外の何物でもなかったことは本人には内緒だ

歩き始めてしばらくは、トロッコ道を進む。かつては伐採した杉を搬出するためにトロッコが使われていたが、現在はその軌道が登山道になっている。

コースの約8割を占めるトロッコ道。枕木に足を取られ、歩きづらい

AM9:00
3時間ほど歩くとトロッコ道が終わり、そこから先は本格的な登山道に。路面は険しく、勾配は一気に急になっていく。

屋久島の森は緑も空気も濃密。太古から続く自然のパワーを感じる。時折、シカやサルといった野生動物に出くわすことも。

ヤクシカとヤクザル。どちらも屋久島に固有の野生動物

急登を進み、標高を上げていくと、立派な屋久杉が連続して姿を表す。1966年に縄文杉が発見されるまで最大の屋久杉とされていた大王杉もそのひとつ。

推定樹齢3000年、胸高周囲11.1mの大王杉

AM10:00
大王杉からすこし歩くと、そこから先が世界自然遺産地域であることを示す看板が見えてくる。縄文杉まであとすこしだ。

縄文杉の前で、4G LTEがつながる!

AM11:00
荒川登山口をスタートしてから約5時間、ようやく縄文杉にたどりついた。標高は1,310m。縄文杉は屋久杉のなかでも最大級の大きさを誇り、樹齢については諸説あるものの、推定で2000年から3000年と言われている。写真では何度も見ていたが、実物を目の前にすると、その迫力にただただ圧倒された。取材で来ていることを忘れて、しばし見入ってしまう。

胸高周囲16.4m、屋久島最大の巨木として知られる縄文杉

そして手元のスマートフォンに目をやると......

つながっている! 4G LTEの表示もバッチリ。たまたまだが、TORQUEの色合いもよく似合っている。

通信も通話も問題なく行うことができた。

屋久島の太古の森の奥深く、はるか昔からそこにある縄文杉の前で、最新のスマートフォンを使い、4G LTEの高速通信ができる。しかもその電波は、35kmも離れた種子島から来ている。そう思うと非常に感慨深いものがあり、"つながらない"を"つながる"へと変えることに情熱を傾ける伏見のゲンバダマシイに感謝の念を抱かずにはいられなかった。......と同時に、これからの帰り道、また5時間も歩かなければならないことを考えると、暗澹たる気分になる編集部員であった。

文:榎本一生
撮影:松尾 修